A課長が取引先からリベートを受け取っているとして内部通報があったとしても、就業規則の懲戒事由にそのような行為を禁止する規定がない以上、懲戒処分を科すことはできず、「譴責(けんせき)」すら行うことができません

1. はじめに

企業不祥事は、強盗や傷害など、路上で発生する通常の犯罪と違って、不祥事に関する証拠はそのほとんどが社内に存在します。そこで、社内調査にあっては、社内にある証拠、例えば、電子メールや関連する社内業務文書等の収集および分析が効果を発揮しますが、何よりも不祥事を行ったと思料される者本人、不祥事の被害者、そして、当該不祥事に関連する情報を有する関係者が不祥事の事情をもっともよく知っているがゆえに、これらの者に対するヒアリングこそが社内調査の中心となり、その成功・不成 功が社内調査の成功・不成功を決すると言えます。

前回は、こうしたヒアリングをめぐる一般的・総論的な事項について解説しましたが、今回からは3回にわたって、異なる種類のヒアリングの具体的なテクニックに言及し、3つの種類のヒアリング、即ち(1) 内部通報者に対するヒアリング、(2) 関係者に対するヒアリング、そして(3) 嫌疑対象者に対するヒアリングについて解説します。今回は最初のテーマとして、内部通報者に対するヒアリングを取り上げます。
 

2.内部通報者に対するヒアリングの目的

内部通報者に対するヒアリングは、社内調査のプロセスの中で最初に行われます。その目的は、通報事実が不祥事と言えるか否かを明らかにし、社内調査を開始すべきか否か、開始するとしてその規模をどの程度のものにするかを見極めることにあります。

公益通報者の保護法制の整備に伴い、多くの企業で内部通報制度が構築されました。そして、内部通報によって企業不祥事が明るみに出ることが多くなりました。それと同時に、内部通報窓口という会社中枢へのアクセスが設定され、そのアクセスの容易さゆえに、果たして不祥事通報と言えるか否か疑念のある通報ないし情報がもたらされるという弊害も生じています。例えば、上司のパワーハラスメントとして通報された事実が、実は、通報者自身の職務内容に対する単なる不満の裏返しであったり、あるいは、セクシャルハラスメントとして通報された事実が、実は社内の特殊な人間関係に由来する誹謗中傷であったなど、 具体的な不正や不祥事とは言えない通報ももたらされました。

そこで、内部通報者に対するヒアリングでは、通報事実が「不正」と言えるかどうかを判断するとともに、仮に当該事実自体が「不正」と言える場合にあっても、そうした通報事実の信憑性を吟味することが重要となります。
 

3.内部通報者に対するヒアリングのポイント1

─通報事実が「不正」と言えるか

内部通報がもたらされたときに、まず最初に確認すべきことは、通報で指摘されている具体的な事実が「不正」と言えるか否かです。

不正や不祥事が発生したとき、会社は、社内調査によって不正行為者を特定し、この者に懲戒処分を科し、再発防止を図ることによってガバナンスを回復します。不正とはまさに「懲戒処分を科すべき行為」を意味します。ここで注意すべきことは、会社の就業規則に規定がない行為は懲戒処分にすることができないということです。例えば、A課長が取引先からリベートを受け取っているとして内部通報があったとしても、就業規則の懲戒事由にそのような行為を禁止する規定がない以上、懲戒処分を科すことはできず、「譴責(けんせき)」すら行うことができません。従って、そのための社内調査を行うこともできず、せいぜい就業規則改正のための背景調査や情報収集を行う端緒となるに過ぎないのです。

通報事実が一見して「不正」であるかのように感じ、就業規則の懲戒事由を十分検討することなく、拙速にも社内調査を開始し、関係者や「不正」嫌疑者に対するヒアリングを実施し、通報にかかる行為に関して注意したものの、後になって懲戒事由に該当しないことが判明するといった事態を避けなければなりません。注意を受けた者は、就業規則上の懲戒事由として規定にない行為に関して「譴責」処分を受けたと主張して訴訟を提起する可能性があるからです。

それゆえ、内部通報を受けた場合に最初に行うべきことは、就業規則を引っ張り出し、懲戒事由に目を通し、当該通報事実が懲戒事由となるか否かを確認することということになります。同時に、就業規則についても、社会事象に適応して改正点がないか、新たに懲戒事由として加える行為はないかなどを常に意識して改正すべき点は改正していく姿勢も重要です。また、懲戒事由の漏れを防ぐためには、懲戒事由の最後に「その他前各号に準ずる行為のあったとき」 といった包括的規定を置くことが重要です。
 

4.内部通報者に対するヒアリングのポイント2

─通報事実の信憑性について

内部通報によってもたらされた通報事実が、社内の就業規則上、懲戒事由に該当する不正行為と言える場合、次に検討すべきことは、かかる通報事実の信憑性です。例えば、通報にかかるセクハラ行為が、就業規則の懲戒事由の「社員の品位を乱し、会社の名誉を汚すような行為をしたとき」に該当する場合であっても、セクハラ行為を行ったという訴えそのものが虚偽であるような場合には当然懲戒処分を科すことができず、逆に、そのような虚偽の内部通報を行った者が「服務規律を乱し、又は会社の業務運営を妨げ、又は会社に協力しないとき」と いった懲戒事由に該当するとして懲戒処分の対象となり得るのです。

内部通報の信憑性を判断することは容易ではありません。社内調査の全体プロセスそのものが通報事実の信憑性を吟味する活動と言えるのであって、内部通報者に対するヒアリングの段階で、通報事実が虚偽であるかどうかを判断するのは困難です。しかしそれでも、内部通報者のヒアリングの段階で確認すべき事項はあります。それは通報動機の聴取とともに、通報時期の確認です。

内部通報者は、不正の事実を知って内部通報をすることになりますが、不正の事実を知ったのが内部通報時期よりも半年も1年も前である場合、当然、何故すぐに通報しなかったのかが問題とされることになります。架空取引等の不正にあって、実は通報者も共犯的な役割を担っていたところ、その後「仲間割れ」などによる離反となって、恨みや報復等から内部通報に至ることもあるのです。

こうした内部通報にあっては、架空取引という「不正」の存在自体は真実であるとしても、通報者は自己に不利な事実は隠す傾向にあることから、通報事実の信憑性そのものに疑いが生じてきます。従って、通報事実の信憑性を判断するために、内部通報者に対するヒアリングにあっては、不正を知った時期に関し、知るに至った詳細な経緯や通報動機ととともに語らせ、その供述の信憑性を判断することが重要となります。

パワハラやセクハラの被害通報にあっても、 例えば、被害に遭った半年後の通報であって、人事異動時期の通報である場合には、人事異動に対する不満や憤りを虚偽の内部通報によって晴らすといった事例がないとは言えません。通常であれば、そうした被害に遭った場合には、すぐにでも会社に是正を求めたいでしょうし、被害直後に内部通報をするのが自然です。内部通報の影響などを考慮し、通報を躊躇(ちゅうちょ) することはあっても、半年や1年後になって初めて通報するという場合には、被害感情以外の諸事情が通報動機となっている可能性を排除できず、そのような諸事情が通報内容の信憑性にかかることが多いのも事実なのです。

このように、通報時期との関連で、通報者に通報動機を確認することは重要です。そして、通報動機の尋ね方にも細心の注意を要します。通報動機の確認を行う場合には「なぜ内部通報をしたのですか」という質問の仕方では、内部通報者に「会社は通報を迷惑であると思っている」との誤解を与え、ひいては、社内調査への協力が得られなく可能性があるので、 「どのようなお気持ちから内部通報を決意したのですか」などと同情を込めて尋ねることが大切です。