第1回 小売業におけるBCP

小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
2016/05/12
業種別BCPのあり方
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2013年1月25日号(Vol.35)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年5月12日)
昨年9月、経済産業相の諮問機関である産業構造審議会流通部会は、「新たなライフラインとして、生活と文化を支え、地域に根付き、海外に伸びる流通業」と題する報告書を取りまとめた。この報告書は、東日本大震災で、多くの小売業者が、被災地の物資の提供者として大きな役割を担うこととなった教訓を踏まえ、流通業は「国民生活の生命線であり、生活者の命にかかわる重要産業である」との認識を示し、各社が「災害に強く、円滑な供給を確保できる流通」を目指す必要性を強調した。
その小売業における事業継続計画(BCP)の策定状況はどうか。2011年11月の内閣府調査によれば、回答した小売業847社(うち大企業204社、中堅企業619社)のうち、BCPを「策定済み」「策定中」とした企業は、26.1%であった。全業種の平均数値は49.0%であることと比べ、小売業におけるBCPへの取り組みには課題が残っているといえる。 本稿では、優れた緊急事態対応がストアロイヤリティ(店舗への愛着度)を高めた事例を紹介し、小売業における緊急事態対応とBCPへの取り組みの重要性を示す。その上で、小売業の大規模災害における事業継続の対応策を紹介する。
■緊急事態対応は競争政策の重要な一部分
日々目まぐるしい市場の変化への対応に追われる小売業においては、リスク管理、緊急事態対応、BCPといったテーマはついつい後回しにされがちである。しかし、阪神淡路大震災、新潟県中越地震、新潟県中越沖地震、東日本大震災といった近年の大災害において、小売業各社が商品供給を継続したことが、多くの人々の生活を支えたことを思い起こしてほしい。小売業各社が掲げる「店はお客さまのためにある」というスローガンが災害時にも発揮されたことを、多くのお客さまは決して忘れない。
東日本大震災において、食品スーパーA社は、多数の店舗が津波による被害を受けた。浸水被害を受けていない店舗でも、天井やスプリンクラーなど設備の被害や震災後の商品調達難の影響により、閉店を余儀なくされた店舗は多かった。このような難局の初動において、各店の店長は、お客さまやスタッフを守るため必死の努力をした。
ある店舗は、津波の直撃を受け、500人の避難者と従約業員が孤立無援の状態となったが、店長の陣頭指揮のもと5日間を生き抜き、救援を受けることができた。別の店舗の店長は、津波の被害を受けていない商品を何とか運び出し、炊き出しを行った。
その後、各店内は早急に商品供給を再開するための取り組みを進めた。店舗が営業困難であれば直ちに店頭販売を開始し、当座の在庫が売り切れれば、自店舗のスタッフを周辺店舗の応援に派遣した。本部側も迅速な復旧手配を進めた結果、被災後2カ月で約9割の店舗の営業再開にこぎつけた。営業休止店舗から営業中の店舗に向かうシャトルバスを手配するなどの対応も奏功し、お客さまのA社へのストアロイヤリティは高まり、被災地での厳しい状況にもかかわらず、既存店の売上高は前年同月比を超えているという(※1)。
このような話をすると、「災害時の現場力が大事、発生してから素早く柔軟に対応すればよい」という反応を受けることがある。しかし、その現場力はどのように養われるのか。なんら教育も訓練もすることなく、災害時に現場の店長が状況にあわせて柔軟に対応することを期待することは難しく、結果的には場当たり的な対応になりがちである。柔軟な対応をするには、以下のような、入念な準備が必要となる。
①各部署や現場スタッフによる検討を進めた上で、標準となる対応計画を準備する。
②現場の店長や社員にその内容を事前に教育する。
③発災後は、店長が事態の推移にあわせて柔軟な対応をとることを推奨する。
東日本大震災復興のための企業による活動や支援などについて、日経BPコンサルティングが実施した調査(※2)では、「好感を持った、魅力的に映った、高く評価した」のTOP40に小売業が8社入った。多数の店舗を展開する小売業の支援活動は、お客さまに強い印象を与え、ストアロイヤリティを高めることがここにも現われている。
冒頭の報告書にもあるように、社会から小売業に寄せられる災害対応に関する期待は高まる一方である。このように考えると、小売業にとって、緊急事態対応への取り組みは、社会貢献のみならず、競争政策上も重要なテーマであるといえる。
業種別BCPのあり方の他の記事
おすすめ記事
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方