アンビルグループは1988年にカナダで設立。もともと要人警護や身辺警護業を主なビジネスにしていた企業だった。

2006年に、現在のCEOであるジョン・グリーンスレイド氏は「警護よりも、まずインテリジェンスによって危ない所へ行かないことが重要」と考え、経営陣にITの専門家を迎えて最新技術を駆使した「出張者安全管理システム」などを開発。本社もイギリスに移し、現在は企業における海外出張のポリシー作成から訓練、モニター(追跡)身辺警護や有事の、際の安全確保まで一貫して請け負う危機管理コンサルティング会社へと成長した。 

今年4月に日本法人が立ち上がり、初代社長に就任した石川吉則氏は「日本の多くの企業が、まだ海外出張者や駐在員の安全配慮義務を果たせていないのでは」と警告を発する。 

例えば、オーストラリアではマレーシアに出張し、業務時間外にアミューズメントを楽しんだために階段から落ちて骨折した社員が、労災を求め会社を訴えたところ、会社側が敗訴した例があるという。石川氏は「世界的に弱者救済の傾向にあるなか、日本企業もこれまでの常識が通用しなくなってくるだろう」と話す。

石川氏は昨年まで長年ソニーに在籍。ドバイやインドネシアで販売会社の社長を務めていたが、ドバイでは1991年に湾岸戦争が勃発。インドネシアでは1998年のスハルト政権崩壊に伴うインドネシア暴動を体験し、責任者として双方とも従業員の避難を指揮した。その時の手腕を買われ、ソニーでは2008年からグローバルの海外安全対策を担当したという。 

ドバイに赴任していたころに、象徴的な出来事があった。イラクがクウェートに侵攻し、スカッドミサイルを配置したという噂が流れてきた。当時、ドバイに進出している日本企業も少なく、石川氏が欧米諸国の対応を探ったところ、イギリスは「ドバイはスカッドミサイルの射程距離から離れているので退避はしなくても良い」という判断だったが、一方でアメリカは「地中海艦隊がペルシャ湾に向かい、ドバイは寄港地になるので戦火に巻き込まれる可能性が高い」と出国を勧告していたという。 

石川氏は「インテリジェンスの重要性を痛感した。官と民がもっと協力して情報を共有しないといけないと感じた」と当時を振り返る。

日本ではまだ馴染みが少ないアンビルだが、イギリスでは危機管理コンサルタントとしての一翼を担っている。例えばつい最近はISIL(イスラム国)を取材中の欧州の放送局のクルーがイスラム国に誘拐された。しかし、アンビルの開発したスマートフォン用アプリ「SOSロケーター」により救助されたケースがあった。アプリにスケジュールとタイマーを設定すると、例えば「4時間後にこちらから連絡がなければ助けに来てほしい」という救助信号になるという。このケースでは連絡が入らなかったことをいぶかしんだアンビルが当局に通報。スマートフォンの電源が入っていたため人質となったクルーの位置が特定でき、政府は有利に交渉を進められたという。 

石川氏は「現在の日本の安全配慮は、まだ工場の無事故など国内にばかり目を走らせがち。グローバル化が進む昨今、もっと海外出張者や赴任者の安全確保に力をいれなければ安全配慮義務違反となる可能性が高い。アンビルでは、なるべく高品質で安価なシステムを日本で提供し、企業に手軽に使ってもらえるようにしたい。それがひいては、日本の社会全体のためにもなる」と、これからの抱負を語る。同社のシステムは現在、日本語化を急ピッチで進めており、今夏中にはリリース予定だ。石川氏とアンビルの今後の展開に注目していきたい。

(了)