アンビルグループ・リスクアナリスト
ニックワッツ(Nick Watts)

背景
ヨーロッパは今、第二次世界大戦以来最悪の難民危機に直面しています。1995年のシェンゲン協定(SchengenAgreement)の下で廃止した出入国管理の再構築を多くの国が強いられています。その結果、EUの市場への自由なアクセスにビジネスを依存している企業は、即時の解決や緩和の見込みのない、国境検問の増加とそれによる遅延の結果、コストの増加を余儀なくされています。

2015年に地中海を渡った移民は100万人以上、さらに34,000人がトルコ、アルバニアなどの陸路にてヨーロッパを目指しました。この傾向は今年も継続すると見込まれています。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から入手可能な最新の数字では、少なくとも13万人が2016年3月までにギリシャに上陸しています。この数は、すでに2015年の年初からの5ヶ月間で海を渡ってきた人の人数を上回っています。多くのアナリストは、天候が良くなり、海での渡航が比較的に安全になれば、数は増え続けるだろうと予測しています。

いったん上陸すれば、大半の難民は、一握りの西ヨーロッパ諸国に向かって移動し始めます。3月8日の火曜日に新しい国境規制が敷かれるまでは、西バルカン経由の移動が圧倒的な多数を占めていました。EUの統計部門のユーロスタット(Eurostat)が3月4日付けで公開した数字によれば、最大の移動先はドイツの35.2パーセントで、以下、ハンガリー(13.9%)、スウェーデン(12.4%)、オーストリア(6.8%)、イタリア(6.6%)、フランス(5.6%)と続きます。

シェンゲンの重荷
難民の流入は、シェンゲン協定加盟国26カ国とその周辺国の双方の国境管理当局にとってストレスとなっています。ハンガリー、ブルガリアは、最近、ギリシャ、マケドニアの国境沿いの南東部の主要な通過点からの難民の流入を防ごうとしてフェンスを建てました。

ヨーロッパ大陸の主要国のほとんどが、現在、シェンゲン協定と共に廃止した管理システムを含めて、国境検問の再導入か強化のいずれかを行っています。オーストリア、デンマーク、フランス、ドイツ、ノルウェー、スウェーデンでは、大陸内の自由な移動を防ぐため、一時的に関連法の執行停止を行いました。

難民のヨーロッパ域内の移動を妨げることは、明らかに域内の通行と輸送にも影響を及ぼします。エコノミストによって公表されたデータによれば、2.2兆(英国)ポンドの価値のある商品を積載し5,700万台ものトラック輸送も含めて、毎年、13億回もの域内移動が行われています。もし、シェンゲンシステムが永久に崩壊した場合、EU経済への短期的かつ直接的なコスト負担だけでも、年間40億ポンドから140億ポンドに達するだろうと欧州委員会は推定しています。

陸運業は最も影響を受ける可能性があります。総経費に占める輸送の割合が高いビジネスや利益率が薄いビジネスを含めて、年間13億ポンドから58億ポンドの直接費用の追加が想定されます。

農産物や化学物質の輸送を受け持つ企業は、特に強い衝撃を受けるでしょう。また、ジャストインタイムのビジネスモデルに依存し、迅速かつタイムリーな配送を前提に部品・原材料の在庫を極力絞っている自動車業界も同様でしょう。

今月初めのジュネーブモーターショーで、ロイターのジャーナリストのインタビューに応えたオペル、フォードヨーロッパ、ダイムラーのCEOたちは、「ヨーロッパの生産効率化の基礎」はジャストインタイム生産にあると説明し、ドイツ、スペイン、ポーランド、英国、イタリアの工場からの商品や部品の輸送が妨げられないことで彼らの工場運営が成り立っているのだと警告を発しました。

欧州委員会は、通関遅延によるコスト増が続けば、EUのバリューチェーンと総体的な競争力の向上を効率的に推進することへの障害となるとと警告しています。

シェンゲンの復元
難民や亡命希望者の大半は、UNHCRによると、シリア、アフガニスタン、イラクなどの戦争で荒廃した国からの出国者です。これらの国の経済や治安が悪化すれば、難民の流れは今後も続くと予想されます。

この危機ならびにEUの領土保全、政治的アイデンティティ、経済的結束への影響に対処するために、欧州委員会は、3月4日、シェンゲンの復元へのロードマップをリリースしました。そこには「EU内外の国境管理の秩序回復」ための必要なステップの詳細が記載されています。

文書には、欧州国境・沿岸警備隊(aEuropeanBorderandCoastGuard)の創設のような野心的な試みだけでなく、バルカンルートの閉鎖後、ギリシャ当局が現在同国で収容されている44,000人(もしくはそれ以上)の難民を管理するために実現可能な手はずの記載も含まれています。

さらに、EUは、3月18日の金曜日にトルコ政府との間で物議の種となる協定を結びました。協定は「欧州への不法移民の日々は終わった」という強いメッセージを発信するものでした。

トルコ政府への46億ポンドの援助、EU加盟交渉加速化、6月からシェンゲンゾーン内へのトルコ国民のビザなし渡航許可、7,200名を上限にギリシャからトルコの退去者1名につき1名のトルコ在住の難民の亡命許可などと引き換えに、3月20日の日曜日以降、不法にエーゲ海を渡ってきた者は誰でもトルコに送還できることを、トルコ政府に約束させたものでした。

契約の実施の成功を疑問視する向きもあります。ギリシャは、現在進行中のEUからのサポート以上のサポートなしに今回の協定を効率的に実施するための行財政的なリソースを欠いています。推定4,000余名のスタッフが、新たな難民を処理するために必要とされていますが、ドイツとフランスはこれまでに約束したのは600名にすぎません。

さらに、アナリストは、新しいシステムが「バルーン効果」を引き起こす可能性を指摘しています。つまり、新たな規制に対応して、新たな移動ルートが出来上がるという問題です。
ブリュッセルをベースとする経済シンクタンクのブリューゲルのディレクター、グントラム・ウォルフ(GuntramWolff)は、ニューヨーク・タイムズ紙上で、「密航業者がリビアからイタリアへの新たなルートを使い始めたならより、大きな頭痛の種になるだろう。リビアは無政府状態で、交渉相手となる実質的な政府がないからだ。」と述べています。

今後の見通し
現時点での指標は、難民危機が長期化する可能性を示しています。中東、北アフリカ、アフガニスタンの紛争地帯では特にヨーロッパへの難民の流れに衰えが見えません。各政府や多国間で構成される組織は危機を訴えるものの、その対応策は後手に回っており、その場しのぎで協調性のないものになっています。それらの対策は、事件が起こるとそれに対処するだけの、短期的なものであるが故に、将来の想定外のビジネスリスクの可能性を投影しています。

EU域内の貿易や物流に依存する企業にとって、今の流れは、検問の追加、陸上輸送や海上輸送での入港の遅延や混乱がおそらく短中期的に続くことを意味します。混乱による財政上の全般的な影響を低減し、ビジネス継続を確保するためには、高価だが、迅速な航空貨物輸送に切替えるしかないように思われます。

原文(英語)はこちらから読めます。