2016/05/24
誌面情報 vol55
前震活動は、大地震の予測に有用な場合もあります。しかし、ある場所で地震が起きたとき、その地震が前震であると判断するのは非常に難しいのです。東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震でも2日前に宮城県沖でM7.5の地震が起きました。このとき2日後に起きるM9.0の超巨大地震の前震であると考えた人はいませんでしたが、結果的にこの地震活動は前震でした。日奈久断層に沿っては、過去にさかのぼって調べると2000年6月8日にM5.0の地震が起きています。その後、M4.0の地震を含め多数の余震が起きましたが、より大きな地震は起きませんでした。
今回、4月14日にM6.5の地震が起きましたが、その後にもっと大きな地震が起きるとはなかなか予想できませんでした。実際、東北大学の西村太志教授の調査によると世界的にもM6の地震が起きた直後2週間以内にM7の地震が起こった事例は0.3%しかないそうです。そしてM6.5の地震が起きて、その2時間37分後にM6.4の地震が起きました。同程度の規模の地震が起こったので、この活動は本震・余震型ではなく群発型(※2)ではないか、と考えた研究者も少なくなかったと思います。このように、M6.5が起きた段階でM7.3の地震発生を予想するのは困難なことでした。
今回の地震でもう1つ予想外だったことがあります。それは本震の余震域から飛び離れた所で地震活動が引き起こされたことです。4月16日の本震が起きた後、約1時間半後に本震の震源からだと約40㎞離れた阿蘇市直下でM5.8の地震が起きました。本震の震源断層の北東端からでも約10㎞離れています。そしてまたそのわずか50分後に、この阿蘇市直下の地震の震源から約10㎞離れた産山村直下でM5.8の地震が起きて阿蘇地方に大きな被害をもたらしてしまいました。そしてさらに3時間余り経って今度は県を超えて大分県由布市直下でM5.4の地震が起きました。産山村の震源から40㎞近く離れています。このように飛び離れた場所で地震が次々に起きる現象は、地震観測が始まって百数十年の歴史の中では初めてのことです。ちなみに阿蘇市と産山村の震源の間では、1975年1月にM6.1の地震が起きています。産山村と由布市の震源の間も1975年大分県西部地震M6.4の震源域と火山である久重山があります。このように過去の震源域と火山を残して地震が飛び火しているようです。
九州で過去最大の地震は、1924年、桜島が噴火したときに起きたM7.1の桜島地震です。ですから今回の熊本地震が、知られている九州の地震の中では最大となりました。そして、阿蘇山という火山の近くで起きたので、火山活動との関連が心配されます。過去の火山噴火と大地震の関係を調べたところでは、九州内陸の大地震の直後に火山が噴火した例はありません。唯一、1922年12月8日M6.9橘湾の地震の約1カ月後に阿蘇山が噴火した例があるだけです。ただ、今回は震源断層が阿蘇の外輪山まで達しており、これほど火山近くで大地震が起きた例は無いので、やはり注意はしておくべきでしょう。
※1 右横ズレ断層とは、断層を境にして自分が手前に立ち、相手が断層の向こう側に立っていたとき、断層のズレがおきると相手が右側へ移動した場合です。反対に相手が左側へ移動すると、断層は左横ズレ断層です。
※2 群発型地震の代表例は、長野県松代町(現・長野市)で起きた松代群発地震が有名です。主な活動は1965年から1967年ですが、その間、最大M5.4の地震が2回、M5 以上が20回と飛び抜けて大きな地震はなく、有感地震は6万2826回と地震が頻発しました。
石川有三(いしかわ・ゆうぞう)
国立研究開発法人産業技術総合研究所活断層・火山研究部門招聘研究員、静岡大学防災総合センター客員教授
京都大学理学研究科博士課程中退、中国地震局地球物理研究所に1年留学、気象庁入庁後、気象研究所地震火山研究部主任研究官、研究室長、精密地震観測室長、地磁気観測所長を歴任。1990 年運輸大臣賞受賞。専門は、地震学・地震予知。
誌面情報 vol55の他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/24
-
-
-
柔軟性と合理性で守る職場ハイブリッド勤務時代の“リアル”な改善
比較サイトの先駆けである「価格.com」やユーザー評価を重視した飲食店検索サイトの「食べログ」を運営し、現在は20を超えるサービスを提供するカカクコム(東京都渋谷区、村上敦浩代表取締役社長)。同社は新型コロナウイルス流行による出社率の低下をきっかけに、発災時に機能する防災体制に向けて改善に取り組んだ。誰が出社しているかわからない状況に対応するため、柔軟な組織づくりやマルチタスク化によるリスク分散など効果を重視した防災対策を進めている。
2025/06/20
-
サイバーセキュリティを経営層に響かせよ
デジタル依存が拡大しサイバーリスクが増大する昨今、セキュリティ対策は情報資産や顧客・従業員を守るだけでなく、DXを加速させていくうえでも必須の取り組みです。これからの時代に求められるセキュリティマネジメントのあり方とは、それを組織にどう実装させるのか。東海大学情報通信学部教授で学部長の三角育生氏に聞きました。
2025/06/17
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方