2014/07/25
誌面情報 vol44
「水産加工が消えたら、この町は死ぬ。だから俺たちが頑張るしかなかった」
2011年5月、津波で工場や店舗が全壊した大槌町の水産加工業者4社が協同組合を立ち上げた。
「水産加工が消えたら、この町は死ぬ。だから俺たちが頑張るしかなかった」。
ど真ん中・おおつち協同組合の理事長を務める芳賀鮮魚店の芳賀政和社長は、津波で親族8人を亡くしながらも、被災した仲間と話し合い、地域再生に向けた一歩を踏み出す決意をした。
発災当日、芳賀氏は、たまたま奥さんと2人で隣の宮古市にいて直接の被災を免れたが、夫婦2人で15年前から営業してきた店舗は全壊。市場で仕入れた新鮮な魚を居酒屋や民宿に届け生計を立てていたそれまでの生活は一瞬にして崩れ去った。
震災翌日から、近所や知り合いから親族の残念な知らせを次々に聞かされた。祖母、弟、妹、親戚の夫婦……。毎日、そうした情報をもとに、遺体安置所を回って遺体を探した。「不思議なもんだね。死んでいる人がお人形さんみたいに見えたよ。焼け焦がれた人もいた。そのまんまの姿の人もいた。死んだ人を見るのが平気になってしまったよ。人間って恐ろしいね」(芳賀氏)。
被災後2カ月ほどは、仕事のことなどは考えられず、ただ店のあった場所に来ては海を眺め、夕方家に戻っては、テレビを見ての繰り返し。
「なんか過ぎてしまえばあっという間。何しているわけでもないけど、いろいろなものがさっぱり変わらない中で、月日が経つのだけは早いんだね」。芳賀さんは、涙を浮かべながら、被災当時の話を続けてくれた。
そんな生活に転機が訪れたのは2011年5月。プレハブの仮設工場を造ってくれるという1枚のハガキが町から届いた。復旧・整備費用の4分の3を国と県が支援するという中小企業等グループ施設等復旧整備補助事業(グループ補助金)の一環だった。その申請には複数企業の「グループ化」と「復興事業計画」が必須条件となった。そこで、震災前まではそれぞれ独自に事業を行なっていた「芳賀鮮魚店」「浦田商店」「ナカショク」「小豆嶋漁業」が、補助制度への申請を契機にグループ化。協力して事業計画を練ることで、復興プロジェクトが本格的に動き出した。 「説明会に2回ほど参加し、その後、仲間と食事をしながら話をしたら、いつまでも落ち込んで、このままでいたら大槌に生鮮業なくなってしまうぞ。なんとかしてがんばるぞって話になったんです」(芳賀氏)。
生鮮業は水が命。海水がそのまま引き込める場所でなくては新鮮な魚を扱えない。しかし沿岸部一帯は津波の危険性が高いことからなかなか建設の許可が下りず、何度も国の担当者に頼み込んだ結果、ようやく承諾を得て、12月には共同仮設工場が完成。3月には設備も整い、事業再建への一歩を踏み出した。
「本当に、やっていけるか不安だった」と芳賀氏。最初は、サンマの宅配事業ぐらいしかやることがなかったというが、8月から、事業は一気に加速した。
1口1万円の寄付をいただく代わりに、鼻曲り鮭など地元名物を送る「サポーター事業」への参加者募集を呼びかけたところ、全国から申し込みが殺到したのだ。寄せられた支援は9068口、4929人にのぼった。今でも、サポーター全員に海の幸セットや大槌町名物の新巻鮭をお返ししている。
現在、仲間3人は自分たちの工場を建設し、それぞれが着実に復興への歩みを進めている。一方で、課題もある。冷凍冷蔵設備などの導入だ。冷凍施設は原料調達や出荷調整などの面で水産加工に必要不可欠な機能。震災前は町に大きな冷凍保管施設があったが、津波で全壊。大型の冷凍施設は10億程の資金が必要とも言われ、グループ補助金でも整備が難しい。
「人手不足もあり水揚げ量も安定していないから冷蔵庫がこれまで以上に必要になっている」(芳賀氏)。
被災地には防潮堤や盛土などの公共投資に莫大な資金が流れ込んでいるものの、必要な人にその恩恵が行き届いているわけではない。産業の復興に向けた事業予算の確保など、新たなまちづくりモデルの構築が求められている。
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