ボストンマラソンの教訓を学べ 

海外のスポーツ大会における危機管理体制で注目したいのがボストン市だ。2013年4月、伝統のボストンマラソンを襲った連続爆弾テロ事件は、白昼のイベント会場という人出の多い場所を狙ったテロにもかかわらず、犠牲者は現場で死亡した3人にとどまり、病院に搬送された重傷者を含む全員が救命された。

テロ対策の専門家で日本大学総合科学研究所教授を務める河本志朗氏は、「何かが必ず起きることを前提にして、本気で訓練をしてきたからこそ被害が最小化できた」と対応を評価する。 

河本氏によれば、爆弾テロなどで多数の負傷者が出た場合は、①現場で直ちに応急処置とトリアージを行い、②早急に各地の病院に分散搬送し、③病院では負傷の種類に応じた適切な処置をする、という連鎖が機能していなければ、高い救命率を実現することはできない。そのためには、過去に起こったテロ事件などの事例を研究して対応計画を策定し、それに基づく訓練を実施して、問題点を洗い出して改善していくプロセスが欠かせないとする。 

ボストンの救急では、こうした訓練の結果、他の地域ではあまり一般的ではないターニケット(四肢の付け根に巻き付けて血流を止める止血器)を出血管理手順に取り入れ、救急車にも標準装備していたという。さらに、病院側はMCI(MassCasualtyIncident:多数傷病者案件)対応の準備や計画をあらかじめ立てておき、災害現場と情報共有しながら、①ER(救急処置室)に入っている患者のうち動かせる者は一般病棟に移す、②通常の手術スケジュールをキャンセルして手術室を空ける、③緊急手術に備え、手術内容によって異なる医療キットを外傷手術用に入れ替える、④CTスキャンやレントゲン撮影のために放射線部も待機するなど、「MCI対応モード」にスイッチを切り替え、多数の患者の受入れを可能にしたとする。 

ハード面でも改善を積み重ねることで、市や州の自治体、医療機関、警察、消防が情報を共有できる仕組みを構築してきた。 

河本氏は、「こうしたボストンの危機管理体制を構築するまでには、少なくても10年以上の年月がかかっていることを見落としてはいけない」と指摘する。 

「東日本大震災前も原発事故を想定した訓練は何度も繰り返されてきたにも関わらず、十分に機能しなかったのは、原発事故は起こらないとの過信が関係者の心の中にあったのではないか。2020年のオリンピックは、海外から多数の観光客が訪れ、東京が東京ではなくなる。言葉も通じない、文化も習慣も違う人々が入り混じる中で、事件・事故は必ず発生することを前提にして、いかに安全を確保するかを真剣に考えなくてはいけない。あと5年しか時間はない。その中で警察や組織委員会だけでなく、企業、市民を含め、すべての国民に意識改革が求められている」(河本氏)。

 
(了)