2016/08/18
誌面情報 vol50
ボストンマラソンの教訓を学べ
海外のスポーツ大会における危機管理体制で注目したいのがボストン市だ。2013年4月、伝統のボストンマラソンを襲った連続爆弾テロ事件は、白昼のイベント会場という人出の多い場所を狙ったテロにもかかわらず、犠牲者は現場で死亡した3人にとどまり、病院に搬送された重傷者を含む全員が救命された。

テロ対策の専門家で日本大学総合科学研究所教授を務める河本志朗氏は、「何かが必ず起きることを前提にして、本気で訓練をしてきたからこそ被害が最小化できた」と対応を評価する。
河本氏によれば、爆弾テロなどで多数の負傷者が出た場合は、①現場で直ちに応急処置とトリアージを行い、②早急に各地の病院に分散搬送し、③病院では負傷の種類に応じた適切な処置をする、という連鎖が機能していなければ、高い救命率を実現することはできない。そのためには、過去に起こったテロ事件などの事例を研究して対応計画を策定し、それに基づく訓練を実施して、問題点を洗い出して改善していくプロセスが欠かせないとする。
ボストンの救急では、こうした訓練の結果、他の地域ではあまり一般的ではないターニケット(四肢の付け根に巻き付けて血流を止める止血器)を出血管理手順に取り入れ、救急車にも標準装備していたという。さらに、病院側はMCI(MassCasualtyIncident:多数傷病者案件)対応の準備や計画をあらかじめ立てておき、災害現場と情報共有しながら、①ER(救急処置室)に入っている患者のうち動かせる者は一般病棟に移す、②通常の手術スケジュールをキャンセルして手術室を空ける、③緊急手術に備え、手術内容によって異なる医療キットを外傷手術用に入れ替える、④CTスキャンやレントゲン撮影のために放射線部も待機するなど、「MCI対応モード」にスイッチを切り替え、多数の患者の受入れを可能にしたとする。
ハード面でも改善を積み重ねることで、市や州の自治体、医療機関、警察、消防が情報を共有できる仕組みを構築してきた。
河本氏は、「こうしたボストンの危機管理体制を構築するまでには、少なくても10年以上の年月がかかっていることを見落としてはいけない」と指摘する。
「東日本大震災前も原発事故を想定した訓練は何度も繰り返されてきたにも関わらず、十分に機能しなかったのは、原発事故は起こらないとの過信が関係者の心の中にあったのではないか。2020年のオリンピックは、海外から多数の観光客が訪れ、東京が東京ではなくなる。言葉も通じない、文化も習慣も違う人々が入り混じる中で、事件・事故は必ず発生することを前提にして、いかに安全を確保するかを真剣に考えなくてはいけない。あと5年しか時間はない。その中で警察や組織委員会だけでなく、企業、市民を含め、すべての国民に意識改革が求められている」(河本氏)。

誌面情報 vol50の他の記事
- 世界に誇る危機管理ビジネス 行動検知・生体認証・ドローンなどで2000億目指す
- 【東京オリンピックの危機管理】 海外の五輪・スポーツイベントから学ぶ
- 【東京オリンピックの危機管理】 オールジャパンで臨む危機管理体制
- 調達が民間企業の最大リスク!?
- 安全神話からの脱却 オリンピックを脅かす危機
おすすめ記事
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方