2021/06/01
気象予報の観点から見た防災のポイント
伊那谷豪雨―6月の気象災害―
東アジア特有の雨季
梅雨は、春と夏の間に現れる、東アジア特有の雨季である。日本だけでなく、中国や韓国などでも見られる。日本では、北海道を除く全国を12の地域ごとに、梅雨の「入り」「明け」の発表が行われるが、梅雨は東アジア全体の季節現象なので、あまり細かく見ても意味がない。むしろ、東アジアの「梅雨」という大気構図の形成(onset)、解消(offset)という見方が重要である。
今年(2021年)は、梅雨のonsetが早く、明瞭であった。個々の地域に対する梅雨入りの発表とは関わりなく、5月中旬には東アジア全体としての梅雨の大気構図が形成され、早くも梅雨本番の様相を呈した。
図1に梅雨現象の大気構図の概念図を示す。梅雨が東アジア特有の現象であるのは、地理的条件に関係している。東アジアは大陸の東岸にあり、チベット高原の東側に位置している。チベット高原は、東西約2000キロメートル、南北約1200キロメートル、標高3500~5500メートルの巨大な山塊で、対流圏の大気中に高く盛り上がり、大気の流れ(偏西風)を妨害する。この巨大な山塊があるために、偏西風は春から夏に移行する過程でチベット高原の南と北に分流し、東アジアに気流の収束域を作り、オホーツク海に高気圧を形成する。このような地理的条件は、地球上のその他の地域にはなく、東アジアだけに梅雨という特徴的な大気構図が現れることになる。その大気構図が、今年は5月中旬に、あっという間に形成されてしまった。

ちなみに、北海道には梅雨がないので梅雨の「入り」「明け」の発表が行われないという説明をよく耳にするが、それは正しくない。北海道には梅雨がないのではなく、毎年はっきりと現れるわけではないというのが正しい。北海道の雨季は夏から秋にかけてであり、本州で夏の前と後に分かれて現れる梅雨と秋霖(しゅうりん=秋の長雨)が、北海道では合体しているようにも見える。したがって、北海道の雨季は、本州の梅雨の季節感とはかなり異なる。
昭和36年梅雨前線豪雨
梅雨期には、毎年のように大雨災害が発生する。それは、太平洋やインド洋の高温多湿の空気がモンスーン(季節風)に運ばれて東アジアに集まり、梅雨前線と称する気流の収束域で上昇して雨を降らせるという、梅雨現象の宿命である。集まってくる水蒸気量が並大抵でないため、降雨現象はしばしば発達した積乱雲によってもたらされ、時に「集中豪雨」や「豪雨」となる。
ここで、「集中豪雨」と「豪雨」の違いを説明しておこう。「集中豪雨」とは、①時間的、②空間的に集中して大量の雨が降ることをいう。①②の集中が必須要件であるから、長時間もしくは広範囲の集中豪雨はあり得ず、それは集中豪雨ではない。もう一つの「豪雨」は、著しい災害を発生させた大雨について使われる言い方で、災害の大きさのほうに主眼がある。したがって、豪雨は必ずしも集中豪雨ではないし、集中豪雨が豪雨であるとは限らない。
1961年の梅雨は、6月中旬までは不活発で、干害も心配されるほどであった。しかし、6月下旬になると様相が一変し、四国、近畿、中部、関東、北陸の各地方で大雨となり、7月に入ると東北地方や九州地方でも大雨となった。6月24日から7月5日まで(12日間)の降水量は、三重県尾鷲市で1061.9ミリメートルを記録したほか、中部地方で400~600ミリメートルに達した。
気象庁は、この大雨を「昭和36年梅雨前線豪雨」と命名した。気象庁が認定した豪雨期間は6月24日~7月10日である。筆者が本稿のタイトルとした「伊那谷豪雨」は、「昭和36年梅雨前線豪雨」の一部であり、「三六災害」を引き起こし、この年の梅雨を特徴づけるものとなった。
気象予報の観点から見た防災のポイントの他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方