2013/07/09
防災・危機管理ニュース
被災地で手術はできない
阪神淡路大震災で被災しながらも、震災当初3日間で1260人もの外来患者、329人もの入院患者を受け入れ、医療を守り続けた財団法人甲南病院を訪ねた。(本誌2010年1月号vol.17、 2010年3月号vol.18より)
古めかしい建物は、阪神淡路大震災の当時から変わっていない。昭和9年に建築されたものだが、重厚な造りで神戸市を直撃した強い揺れでも躯体への被害は無かった。
甲南病院の当時の院長で被災後の対応の指揮にあたった老籾宗忠氏(現特別顧問)は「震災直後に家を出て、車で病院へ向かったのですが、とにかく病院が建っているかが心配でした。建物も患者も無事だと知ったときは、本当にほっとしたことを覚えています」と当時を振り返る。
甲 南病院は、東灘区の市街地から約1㎞山手の住宅地に位置する病床数400を有する東灘区で最も大きな地域の中核病院。被災時は1月の連休明けということも あり、入院患者は普段より少なめの320人程度だった。しかし、震災発生後は初日だけで約250人の入院患者があり、廊下や待合室に毛布を敷き、点滴を窓 枠にぶらさげて対応するなど状況は一変した。震災当初3日間での外来患者数は1260人にのぼり、うち329人が入院した。400床というキャパシティに 対し600人を超える入院患者を受け入れたことになる。初日の死亡者数は83人で、そのうち約9割は病院に運ばれてきた時には既に亡くなっていた DOA(Death on Arrival)であった。また、ほとんど手がつけられない状態で入院後に亡くなった人も11人いた。「死亡者が次々と出てくるため遺体を動かさないと診 察の場所が確保できない状態でしたから遺体安置所を作らねばならず大変でした」
こうした状況の中でも震災当日に出産も2例あったという。
ち なみに、火災被害を多く受けた長田区の近くに位置する神戸大学医学部付属病院は900床を超える大病院だが、押し寄せた外来患者数は震災当初3日間で 698人、うち147人が入院と、甲南病院の約半数にとどまる。この結果からも甲南病院がいかに大変な状況だったかがうかがえる。
「木造家屋が多かったことや、町中の小さな病院がいくつもつぶれてしまったことで患者が集中したのでしょう」地震による被害の大きさが把握できてきたのは初日の夜だったという。
「誰も、どれほどの患者が殺到するのか、医師をはじめ職員がどれほど集まるかも当初は予想できない状況でした」
老籾氏は「時々刻々と変わっていく状況に対応するだけで精一杯でした」と当時の状況を表現する。
■外来患者への対応
外来患者には透析室を開放し、その部署を重傷者の診察場にすることで対応した。重傷者以外は、通常の内科、外科の外来を開放し、整形外科の診察場と、一般の外来患者用の部屋を設けた(図)。
当時はまだ多数の傷病者を重傷度と緊急性によって分別して治療の優先度を決定するトリアージは国内で知られていなかったが、重症患者の処置室を分けることで結果的に簡易のトリアージができていたことになる。
た だ老籾氏は、「助かりそうもない患者を後回しにする今のトリアージの考え方には全面的に賛成はできません。もちろんトリアージは必要なのでしょうが、優先 付けされる患者さんは気の毒です。トリアージをしないで済む方法というのをもっと考えた方がいいのではないでしょうか」と疑問を投じる。
具体的な方法として、処置可能な重症患者はできるだけ早く被災地外に搬送することを提案する。震災医療では、重傷者はなるべく安静にさせ現場で手術を受けさ せるという考えもあるが、「仮に手術をするとなれば、数少ない医師やスタッフのうち、たくさんの外科医が使われることになりますし、次々に同じような患者 が運びこまれてくるわけですから、結局対応できなくなるでしょう。それよりは、被災地外の病院や行政機関の関係者らが、被災直後に一刻も早く現地に入り、 自衛隊のヘリコプターなどを使って、とにかく早く重傷者を搬送することが大切だと思います」と老籾氏は話す。
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
企業理念やビジョンと一致させ、意欲を高める人を成長させる教育「70:20:10の法則」
新入社員研修をはじめ、企業内で実施されている教育や研修は全社員向けや担当者向けなど多岐にわたる。企業内の人材育成の支援や階層別研修などを行う三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有馬祥子氏が指摘するのは企業理念やビジョンと一致させる重要性だ。マネジメント能力の獲得や具体的なスキル習得、新たな社会ニーズ変化への適応がメインの社内教育で、その必要性はなかなかイメージできない。なぜ、教育や研修において企業理念やビジョンが重要なのか、有馬氏に聞いた。
2025/05/02
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方