2012/03/25
リスクマネジメントの本質
中小企業の BCP
中小企業向けの BCP ガイドラインは 2006 年に中小企業庁から「中小企業 BCP(事業継続計画)策定運用指針」として公表されました。私はご縁があって中小企業向けの BCP ガイドラインの策定時に有識者会議委員を致しました。
策定作業が 2005 年 6 月に開始された際、当時既に内閣府の「事業継続ガイドライン」 (2005 年 8 月 1 日公表)の作業が進行していました。そこで、中 小企業向けに重ねて新しい BCP ガイドラインを作る必要があるのかという議論が生じました。
中小企業庁は、「政府の中小企業災害対策は、災害発生後の対策は既に相当充実しているが、災害発 生前の対策は未だ手つかずの状態である。現行の中小企業災害対策の空白部分である事前対策を確立することにより、中小企業災害対策を完成させること が中小企業 BCP(事業継続計画)策定運用指針を新たに作成する目的である」即ち中小企業のために別途 BCP の指針を策定する必要があると明確に考えておられました。「政府の中小企業災害対策」→ 「災 害復旧貸付制度」の有効活用のための事前対策の確立が主目的なので、 「中小企業 BCP(事業継続計画) 策定運用指針」には「財務診断モデル」という災害時のキャッシュフロー対策が詳述されています。これが 「中小企業 BCP (事業継続計画) 策定運用指針」 の1つの大きな特徴になっています。BCP の専門 家の中には、中小企業の BCP、特にキャシュフロー対策の効果について悲観的な見方をする人がいます。しかし、わが国の企業数・雇用者数の多くを占 める中小企業が事故・災害等で倒産することを放置するわけにはいきません。そのために政府の対策が 存在します。
中小企業は BCP 策定に当たり、まず自助の精神で対策を考え、その上で政府の対策を有効に活用すべきです。
大企業は原則自助です。しかし、今回の東京電力の事例を見ても、大企業だから安心というわけにはいきません。
2.BCP は災害発生時に役に立つのか
東日本大震災において、BCP は役に立ったのでしょうか。議論はまちまちです。 中小企業庁が昨年6月に刊行した小冊子 「中小企業が緊急事態を生き抜くために」の冒頭に「事業継続計画の善し悪しは、災害などが発生し た際に事業継続のために効果があったか否かの結果 に尽きるのであって、いかに立派な文書であろうと 手法がどれほど精緻であろうと、結果として事業の 継続に役に立たなければ意味がない。むしろ実際に 役立つ事業継続計画は、各社固有の状況を踏まえて 経営者自らの経営判断がシンプルに示されたもので あろう。その答えは、災害による事業の障害に直面 し、その困難を乗り越えて現在に至っている企業が 被災時にとった実際の対処のなかにこそ見出せるは ずである」と記述されています。そして、新潟県中 越地震、能登半島地震、新潟県中越沖地震で被災した中小企業経営者に、被災時の危機に対して、いか にして事業を継続することができたのかという点についてヒアリングした結果に触れ、「体制や対策は 決めたところで、どのような地震が来るかは全くわ からないので、実際にはあってないようなものだ」 という経営者の言葉を紹介し、 最後の結びとして 『実体がよくわからないために中小企業者の過大な期待を集めることが多い「BCP」というものの核心を見事に突いている。一見、事業継続計画の必要性や 重要性を否定するもののように見えるかもしれないがそうではない。災害が想定したとおりに発生するはずがないし、計画に定めた対処によって常に期待 したとおりの効果が得られるというのも机上の空論 である。被災した際の現実の対処は、実際のところ経営者と従業員の反射神経と応用力と決断によるところが大きい。危機的状況において反射神経や応用 力を発揮し、的確な決断を下すためには、危機への 対処の方策についてあらかじめ検討を重ね、日頃か ら継続的に対応を訓練しておくことが必要なのであ る。言い換えれば、事業継続計画は平時において検 討し訓練すべきものであって、いざ事に当たっては 文書上の計画を単になぞるのではなく、状況に応じて対処することが必要なのである。
事業継続計画はそれぞれの企業の経営者が自ら考えなければ意味がないし、従業員がその内容を理解 していなければ役には立たないのである。企業が災害を克服するために最も重要なのは、事業の継続に対する経営者と従業員の強い思いではないかと思わ れる』と言っています。 誠に至言だと思います。
東京都の中小企業 BCP 策定支援事業を受託しておられるニュートン・コンサルティングの副島社長も「BCP が機能するかと言われても、すべてのシナリオを網羅して予言することはできないからこの 通りには機能しないと答えるしかない。ではなぜ BCP をやるのか。それは1つの被災想定に沿って 行動計画の一例を作って一緒に体験してみる。その ことによって別の形の災害が起こっても対応できる 能力を高める。目的は BCP を作ることではない(*3)」 と同じ意味のことを申しておられます。
*3:スタッフアドバイザー 2011 年 9 月号
2つとも、BCP を策定することだけに力点を置き、マニュアルに依存しがちなわが国企業の動向に対する警告だと思います。
中小企業のみならず、大企業でも(なおさら) BCP 策定に当たり、技術が先行し、経営的視点が不足しているのではないか。これは経営者のリスクマネジメント・BCP の本質に対する理解不足の結果だと私は思います。
- keyword
- リスクマネジメントの本質
リスクマネジメントの本質の他の記事
- 最終回 戦後日本のアメリカ流マネジメント手法の導入
- 第5回 家庭電器大手の業績について
- 第4回 リスクマネジメントの実践における経営的視点の欠如
- 第3回 東日本大震災の関係報告書に見るわが国企業における危機管理の問題点
- 第2回 我が国における BCP (事業継続計画 ) の問題点
おすすめ記事
-
企業理念やビジョンと一致させ、意欲を高める人を成長させる教育「70:20:10の法則」
新入社員研修をはじめ、企業内で実施されている教育や研修は全社員向けや担当者向けなど多岐にわたる。企業内の人材育成の支援や階層別研修などを行う三菱UFJリサーチ&コンサルティングの有馬祥子氏が指摘するのは企業理念やビジョンと一致させる重要性だ。マネジメント能力の獲得や具体的なスキル習得、新たな社会ニーズ変化への適応がメインの社内教育で、その必要性はなかなかイメージできない。なぜ、教育や研修において企業理念やビジョンが重要なのか、有馬氏に聞いた。
2025/05/02
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方