第12回 エボラウイルス疾患を想定したBCP
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
2016/07/29
業種別BCPのあり方
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
西アフリカを中心とした諸国において、エボラウイルス疾患の発生が続発している。本稿執筆時(2014年10月31日)の段階では、我が国においても流行国での取材から帰国した男性記者が発症した疑いがあるとして、東京都新宿区の国立国際医療研究センターに搬送されたことが報道をにぎわせた。幸い、この男性の検査結果は陰性だったが、この疾患に関する社会の関心は急激に高まっている。
そこで、今回は、エボラウイルス疾患の流行を想定した事業継続計画の必要性を検討したうえで、対応上考えておきたいポイントを紹介する。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2014年11月25日号(Vol.45)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年7月29日)
エボラウイルス疾患とは
エボラウイルス疾患は、1976年にスーダンで初めて発生が確認されたエボラウイルスによる感染症である。以前はエボラ出血熱と呼ばれていたが、必ずしも出血症状を伴うわけではないことから、近年はエボラウイルス疾患と呼称されている。
エボラウイルスに感染すると、2∼21日(通常は7∼10日程度)の潜伏期の後、突然の発熱、頭痛、怠感、筋肉痛、咽頭痛といったインフルエンザのような症状が出る。その後、嘔吐、下痢、胸部痛、出血(吐血、下血)等の症状が現れるのが特徴的である。致死率は非常に高く、過去20回の流行では25%∼90%であった。残念ながら、現段階で確実な特効薬はなく、対症療法により回復を待つことになる。
感染経路は、主に接触感染である。症状が出ている患者の体液類(血液、分泌物、吐物・排泄物)やこれらが付着した注射針などに必要な防護なしに触れると、ウイルスが傷口や粘膜から侵入して感染する。但し、2002年に流行した急性重症呼吸器症候群(SARS)と同様に、人から人への感染は症状が出た後にのみ生じると考えられている。
自然界での宿主は、主にアフリカの熱帯雨林に生息する野生動物だと推測される。もっとも警戒されているのはオオコウモリ(果実をとする大型のコウモリ)である。これらの動物の死体やその生肉(ブッシュミートと呼ばれる)に直接触れた後に目や鼻などを触ると、エボラウイルスに感染する可能性がある。
最新の流行状況
2014年10月31日の世界保健機関発表によれば、1万3567人が発症し、4951人が死亡した(表1)。
世界保健機関では、8月8日、今回の流行を「国際的な関心のある公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern、PHEIC)」であることを宣言した。現在、ギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国を「広範囲に及ぶ深刻な感染の伝播が生じている国」と指定し、国境なき医師団などの国際NPOと連携して、感染拡大を防止するための対策を展開している。10月14日、国連エボラ緊急対応ミッションのアンソニー・バンベリー事務総長特別代表が国連安全保障理事会に対して行った報告に当たって、「濃厚接触者の確認、感染経路の確認、感染者へのケア、安全な埋葬の4目標のうち、1つでも失敗し1た場合、エボラウイルスの制圧に完全に失敗する」と警告したことは大きな話題を呼んだ。
大流行を想定したBCPの必要性は低い
エボラウイルス疾患の大流行を想定したBCPが必要かどうかは、エボラウイルス疾患の世界的大流行が発生するかどうかの判断の問題である。
私は、先進国においてエボラウイルス疾患の発症者が次々と確認されるという展開は考えにくく、大流行を想定した事業継続計画策定の必要性は低いと考える。
ナイジェリア、セネガルにおいて、最後の発症例確認から最大潜伏期間とされる21日間を経過しても症例が現れなかったため、流行の収束が宣言されたのがその傍証である。一部で心配されているように、空気感染や飛沫感染といった経路による感染がしやすい性質にウイルスが変異しているとすれば、このような迅速な収束はありえない。
広範囲に及ぶ深刻な感染の伝播が生じている国(現在は、ギニア、リベリア、シエラレオネが該当)における感染拡大の状況を確認すると、感染拡大を防ぐために必要な行動が社会経済上の問題や文化習俗上の問題から実行できないことによって、感染拡大しているものと考えられる(表2)。幸い、さまざまな努力の結果により、これらの国々においても、新規患者の発生ペースは、10月末現在、減速傾向にある。
また、スペイン、アメリカ合衆国では二次感染が発生しているものの、いずれも輸入症例(流行地で感染した人が非流行地に移動したのち発症すること)への医療的ケアに当たった医療機関のスタッフが感染したものである。
先進国における大流行は考えにくいという判断は、以上の情勢を総合判断した結果である。
ただ、医療機関や、国際空港近隣の宿泊施設のように、実際に発症者と接触するリスクがある業種や、流行地域である西アフリカおよび西アフリカと往来する人が多い国・地域に事業拠点がある企業では、発症例が確認された場合の対応手順を、危機管理の一環として検討しておく必要がある。また、感染症指定医療機関では、事業継続上考慮すべき課題が生じる懸念があるため、後説する。
なお、今後のエボラウイルス感染症への各国の対策動向によっては、国際的な人の移動や物流に支障が生じる可能性はある。ただ、このようなことは他の理由でも起きることであり、調達や物流を担当する部署が日常的な業務の一環として対応することになると思われる。
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