2019/04/08
安心、それが最大の敵だ
戦後も鉱害は続いた
1973年(昭和48年)までに足尾の銅は掘りつくされて閉山し公害は減少した、とされた。だが精錬所の操業は1980年代まで続き、鉱毒はその後も流されたとされる。 (これより前の1971年には毛里田で収穫された米からカドミウムが検出され出荷が停止された。古河鉱業はカドミウム被害は認めていないが、群馬県がこれを断定した)。毛里田村鉱毒根絶期成同盟会は板橋さんの判断で独自に鉱害を測定している。
1947年(昭和22年)の超大型カスリーン台風以降、政府は渡良瀬川全域に堤防を造成した。この堤防工事は20年ほどかかった。堤防の竣工以後、渡良瀬川では大規模な洪水は発生していない。また足尾鉱山の汚染土砂の流出を防ぐため、足尾町(現・日光市)に防砂ダムの足尾ダムが作られた。容積500万立方メートルで、利根川水系の砂防ダムとしては最大である。
渡良瀬川の治水と首都圏への水道供給を主目的にした多目的ダム・草木ダムが渡良瀬川上流の群馬県勢多郡東村(現・みどり市)に作られた(1977年竣工)。このダムは当初鉱毒対策を目的の中に入れていなかったが、「水質保全に特に留意」することとされた経緯がある。鉱毒を下流に流さないようにするための半円筒形多段ローラーも採用された。このダムは常時水質検査が行われ、結果が随時公表されているが、そのような多目的ダムは日本にはほとんど存在しない。
農民の勝利とその後
1974年(昭和49年)5月11日、総理府中央公害審査会から事件の処理を引継いだ公害等調整委員会において調停が成立し、古河鉱業は15億5000万円を支払った。これは、古河側が鉱毒事件で責任を認めて補償金を支払った最初の出来事である。 古河鉱業側は、銅の被害のみを認め、カドミウムについては認めなかった。農民側も、調停申請にはあえてカドミウム問題は提示せずに、農業被害の早期解決を目指した。このときの調停の内容に含まれていた土地改良は、1881年(明治24年)に始まり1999年(平成11年)に完了した。渡良瀬川沿岸土地改良区理事長には板橋明治さんが就任した。公害防除特別土地改良事業として総事業費は53億3000万円が計上された。加害原因者の古河鉱業の負担率は51%だった。残りの大部分は国と群馬県が負担した(一部を桐生市と太田市が負担)。
調停の成果は大きなものとなった。加害企業決定、過去の農作物被害補償金、土地改良に及んだ事、加害者責任として古河鉱業が負担した実質額は調停請求39億円を上回ることになった。調停条項には無いが、被害農民には土地改良費の金銭負担は一切無く、被害農民が受取る補償金を非課税とさせた事は特筆すべき点である。
板橋さんが考案した祈念鉱毒根絶碑は「土」の字をかたどっている。記念碑としなかったのは、鉱毒問題が全面解消していないためであった。渡良瀬川鉱毒根絶毛里田期成同盟会により1977(昭和52年)5月建立された。板橋さんによる撰文及び揮毫が刻まれている。碑文は言う。
【苦悩継ふまじ されど史実は伝ふべし 受難百年また還ら須 根絶の日ぞ何時】
板橋さんがリードした毛里田地区の鉱毒反対運動は、どこからも支援を受けず、農民の手弁当による活動であるところが他の公害闘争と大きく異なる。板橋さんは独学で法律・公害問題・農業政策・河川行政などを学び、弁護士にも依頼せず指導者として闘った。「公害闘争はイデオロギーやアジテーションだけでは解決しない。むしろイデオロギーが運動の妨げになる事も少なくない」。板橋さんが私に語った言葉である。
1999年5月、渡良瀬川沿岸土地改良区による公害防除特別土地改良事業竣工記念碑が建立された。碑文は言う。
【渡良瀬川に鉱毒流れて 父祖五代 苦悩の汚染田 いま 改良成る】 (撰文及び揮毫は板橋明治)。
参考文献:「鉱毒史」(板橋明治編纂)、拙書「百折不撓―鉱毒の川はよみがえった、板橋明治と父祖一世紀の苦闘」(信山社テック)、「佐野市史」。
(つづく)
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