2019/04/15
安心、それが最大の敵だ

軍隊式教育の排除
嘉納が東京高等師範学校校長に就任したのは森の横死から4年後である。だが軍隊式教育は継続されていた。嘉納は軍隊式教育方針を批判し排除する方針を掲げた。高等師範学校校長が、政府方針を否定する大英断である。彼は校長就任2年後の明治28年(1895)、自由を重んじる学生寮規則を定めた。柔道家でありながら洋風の体育を奨励し、日本の学校では初の運動会(運動部の意味で、柔道部、陸上部など8部)を創設した。学生はその1部に入り、毎日30分以上必ず運動させることとした。日本のサッカー・テニス・陸上競技は師範学校で始められた。
嘉納は、知育・体育・徳育のいずれを欠いても教育は成り立たぬ、と信じていた。学問に秀でていても虚弱な体では将来はない。また体育に秀でていても学問を嫌うようでは論外である、とする。立派な教員を育てるためには、体育(スポーツ)を愛する精神を育てなければならない。これは柔道家としての彼の信念であり、教育現場での兵式訓練を重視した森有礼文部大臣に対抗した際の決意でもある。
◇
嘉納は、「作興」(嘉納編纂、大正13年<1924>12月号)で当時を振り返る。
「我国において兵式教練を学校教育に加えたのは森文部大臣の時からであるが、今日までの実際に徴して見る時は、失敗に終わったといわねばならぬ。なにゆえに失敗に終わったかというに、陸軍の将校を学校に連れて来て、その力をもって学校の精神教育を改善せんと試みたからである。陸軍には有為・有識の将校は多数あるであろう。しかし陸軍そのもののために必要な人物をことごとく学校教育に従事せしむることの不可能はなるはもちろん、それら有為・有識の人物にしても、陸軍将校として価値ある人なので、必ずしも教育者として価値ある人と言うことは出来ぬ。それゆえに、一時的に学校内に陸軍気分を漲(みなぎ)らしたようなことはあったが、真正の意味における学校教育を改善することは出来なかった。ことに森文部大臣薨去(こうきょ)の後は、教育の方針を異にし、したがって兵式教練は形のみ残って、その精神を失うに至った」
高等師範学校に文科、理科の他に体育科を設置したのも嘉納校長の判断によったものだ。明治32年(1899)6月、1年10カ月課程の体操専修科をはじめてから、35年(1902)9月には2年半の修身体操科を、39年(1906)4月には3年の文科兼修体操専修科を40年(1907)4月以降は4年のそれを3回、大正2年と3年(1913と1914)には3年の体操専修科をというように、幾度か改善を加えて本科として体育科まで到達した。ここに嘉納の体育思想の自己研鑽と体育指導者育成にかける情熱を見る。この結果、成績・体力ともにそろった運動選手が相次いで輩出される(余話:森有礼暗殺の犯人西野文太郎は講道館指導者本田増次郎から柔道の手ほどきを受けたことがあった。警視庁は講道館を捜索し、嘉納らが一時治安当局から監視されたという)。
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