清への最後通牒

陸奥宗光(外相時代、国立国会図書館文献)

現地の公使大鳥と東京の外務大臣陸奥との判断に大きな齟齬(そご)をきたした。公使大鳥のシナリオでは、日本側の主導権で戦端を開くことは可能なはずである。大鳥は、派兵の理由がないまま軍隊を長期駐屯させていることから朝鮮政府の抗議を受け、同時に欧米列強の疑惑を招いていた。大鳥は朝鮮政府に対して「朝鮮国は清国の属国であるか否か」の紹介をした。翌日を回答の締め切りとしたが、回答はなかった。ロシアから干渉が入った。

30日、ロシアの駐日公使ヒトロヴォは外務省に大臣陸奥を訪ねて、日本の朝鮮からの撤兵を強く要求するロシア政府の公文書を手渡した。このロシアの威嚇的な勧告は、日本政府に衝撃を与えた。総理大臣伊藤と外務大臣陸奥は、協議の結果撤兵拒否の回答を行うことを決めた。7月13日、ロシア公使は陸奥に対して、日本政府が出した撤兵勧告の拒否回答を了承する旨の書簡を渡した。この回答で、当面ロシアの脅威は消えたかに見えた。

公使・大鳥は朝鮮政府高官と直接交渉を続けた。朝鮮側の回答は「日本軍が撤兵すれば改革に着手する」と述べるに留まった。これに対して大鳥は「最早貴国と相提携する道を失いたれば、今後我政府は唯我利害をのみ之を視て、独力以て其の手段を執らんと欲す、此の段予(あらかじ)め御通知し置く」(原文カタカナ)と申し送った。風雲は急を告げる。7月18日、清国軍が朝鮮への増兵派遣を決定したとの情報が入った。19日午後6時、外務大臣陸奥は公使大鳥に至急電を打った。

「7月19日午後6時発
                    東京 陸奥大臣
 京城 大鳥公使
朝鮮国政府改革案の拒絶に対し適宜の処置をとるべき旨訓令の件、朝鮮政府は遂に我が改革案を拒絶したる件に関する貴電接受せり。此の時に当り閣下は自ずから正当と認むる手段を執らるべし。併し本大臣の51号電訓の通り他外国と紛紜(ふんうん)を生ぜざる様充分注意せらるべし。而して我兵を以て王宮及び漢城を固むるは、得策に非ずと思わるれば、之を決行せざる事を望む」

19日、大鳥は旅団長大島に面会し開戦への協議を行った。同日、公使大鳥は朝鮮政府に2つの要求を提出した。
(1)京釜電線代設工事強行通告
(2)日本軍警備兵宿舎設置要求

回答の期限は7月22日、3日後である。「最後通牒」(Ultimatum)である。20日、公使大鳥は、大島旅団長に対して、前日の協議を一部変更し「王城の包囲、制圧作戦を優先する。従って牙山への進軍はしばらく見合すよう」申し入れた。