2019/06/03
安心、それが最大の敵だ
オリンピック東京招致と返上
<幻の東京オリンピック大会>については、本連載の第97回でも取り上げているので略記するにとどめる。
初出場後のオリンピック大会では日本人選手の活躍は目を見張るものがあった。第7回のアントワープ大会で初めてテニスで銀メダルを獲得し、第10回ロサンゼルス大会では「水泳日本」と称され、金メダルを7個も獲得するようになった。
IOC委員嘉納治五郎は、昭和8年(1933)、ウィーンにおけるIOC総会出席後、ドイツ、イギリスなどで柔道普及に尽くし帰国したが、岸清一IOC委員はぜん息を悪化させ、帰らぬ人となった。昭和11年(1936)7月29日、いよいよ第12回大会の開催地が決定される重要なIOC総会がベルリン大学講堂で開催された。翌7月30日にはイギリスのIOC委員ロード・アバーディアがイギリス開催の撤回を発表した。IOC会長のバイエ・ラツールが訪日の印象を語り日本寄りの意見を述べた。翌31日には開催地を選ぶ投票が行われ、東京36票、ヘルシンキ27票で9票差がついて日本開催が決まった。
日本は昭和11年に起きた2.26事件以後軍部の横暴が目立ち、盧溝橋事件から日中戦争は泥沼化していく。軍部は戦争遂行に集中する立場を取り、東京オリンピック開催に反対の圧力をかけて来た。また交戦国である日本にはオリンピックを開く資格がないとして、近代スポーツ発祥の地のイギリスや英連邦諸国が東京大会のボイコットを提唱し始めた。そこでIOC会長ラツールは、3月にカイロで総会を開き東京オリンピックの開催問題を再検討することになった。カイロ総会に出席する日本代表は嘉納の他に組織委員の永井松三ら9人であった。
カイロ総会は、昭和13年(1938)3月10日にリヤルオペラハウスで開会した。各国IOC委員の多くが東京開催に不安を隠さなかったが、日本に承認を与えたのは、明治42年以来約30年間もIOC委員を務め、今なおこうして頑張る嘉納へのせめてもの贈り物であったといえる。総会後、嘉納はアメリカに渡り、米国IOC委員ウィリアム・メイ・ガーランドらにカイロ会議における日本支持の感謝を表明するとともに、東京大会に多くの選手を派遣してほしい旨を伝えた。嘉納はスポーツを通じての平和主義者であり、軍国主義を嫌った。4月23日、バンクーバーから日本郵船氷川丸に乗船し、帰国を待ちわびる日本に向けて太平洋の航路を急いだ。
乗船から約2週間後の5月1日から風邪に肺炎を併発し、ついに5月4日、79歳(数え年)の人生を閉じた。嘉納の逝去により、オリンピック参加への精神的支柱と情熱を失った日本では軍部が台頭し、オリンピック大会どころではなく侵略戦争に転落していった。第12回オリンピック大会は返上され、オリンピックの歴史の中で「幻の東京オリンピック」との「汚点」となった。嘉納の平和主義は踏みにじられたのである。
参考文献:「嘉納治五郎」(加藤仁平)、「金栗四三」(佐山和夫)、筑波大学付属図書館資料。
(つづく)
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2026/03/31
-
ドンロー主義の顕在化に揺れる世界
アメリカとイスラエルが2月28日、イランへ大規模な軍事作戦を開始。イランは徹底抗戦する構えで、中東全体を巻き込む紛争に発展しました。早期停戦が待たれるも、長期化の可能性も依然濃厚。アメリカ政治に詳しい上智大学教授の前嶋和弘氏に、トランプ政権の思惑と今後の軍事行動に影響を与える要因を聞きました。(インタビューは3月16日)
2026/03/30
-
引き合い急増する「セキュリティソムリエ」
ソフトバンクのグループ企業でIT商社のSB C&Sは2021年から、サイバーセキュリティ市場の多様化に対応するため販売パートナーへの支援活動を展開。商社の情報力・目利き力を生かしてSIerやベンダーの提案力を補強し、その先のユーザー企業へ最適なソリューションを届けています。「セキュリティソムリエ」と銘打った活動のねらいを聞きました。
2026/03/30
-
-
-
-
-
-
-
火事・水害の被災設備に復旧という選択肢
災害復旧専門サービスのベルフォアジャパンは昨年、独自営業による顧客開拓に乗り出しました。これまでは共同出資者の東京海上日動火災保険を窓口としてきましたが、体制変更を機に直接の市場アプローチを開始。BCPの実効性を確保する手段として自社のサービスを訴求する考えです。代表取締役社長の加藤道久氏に今後の市場戦略を聞きました。
2026/03/18







※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方