2019/09/24
安心、それが最大の敵だ
3000の河川を見守る人
女性向け月刊誌「新女苑」(昭和23年9月号)は作家竹森一男の青山訪問記「治水の父―3000の河川を見守る人―」を掲載した。第一章「彼の生涯は川との戦であった」で竹森は書く。
「日本の治水の父といわれる青山士(あきら)氏は、茶室風の書斎にすわって、竹垣に囲まれた十坪の菜園をじっと見つめている。生涯、川を愛し、川とたたかってきた歴史が、71歳の老翁のひとみに一瞬火花のように映るのである。50年というもの、此処、静岡県磐田市中泉御殿の家をはなれて、さすらいにも似た全国の河川を戦場とした生涯は終わりをつげた。いまは、やすらかな命の灯を、魂のふるさとにともして、日々うつろいゆく世界の荒波をみつめながら、父の残した古蒼な小庵にみちたりた余生を送っているのである。たずねてくる人もない。すでに白髪をいただくまで、ながい生涯を相共に歩んできた妻と、まだ幼い、中学生の長男との、つつましい身にしむ孤寂の生活である。三人の娘は、それぞれ音楽を求めて、嫁いでいった。道路ひとつへだてた寺院には、青山氏自身の墓碑銘がしずかに待っている。しかし彼は生きている。また、たとえ神が彼の魂を召すことがあっても、永遠をつらぬくきよき一すじの川の流れは、日本の治水の道を守るにちがいない」
「それまで青山氏は生きねばならない。インフレの波涛は彼の余生をおびやかしている。わずかな恩給をのり越えてひしめく生活苦は一歩も退こうとしない。治水の父は、たれも知らないところで、生活の波に呑まれようとしている。生あるかぎり、生きのび、じっと日本のゆくすえを追い、治水対策にやさしい眼をそそぐのである」
「ふりつづく初秋の雨にぬれそよぐ竹藪と菜園から、遠くはるかに想いを全国大小3000の河川に走らせ濁流にひしめく脆弱な堤防に愁いの眉をひそめる。若ければとんでいきたい。日本の河川は、山林の乱伐と治水の荒廃によって危険にさらされている」
「彼の生涯は川との戦いであった。川に憑かれていた。川を愛していた。さかまく濁流にずぶぬれになって、わめきたてる若い自分のすがたが莞爾(かんじ)として芝の美しい築堤に立って清流をみつめている。ジャングル地帯の測量。そして広大なパナマ運河の開削に従事している青年の弾力にとんだ日焼けした顔が浮かんだ。つば広の中折に白いワイシャツ、乗馬ズボンをきりりとはいて肩から円い水筒を吊りながら、ガトウン閘門の測量にあたっている」
竹森のインタビューに答えて青山は言う。
「治水にはいろいろと問題がるとしても、まず人の心を治めることだ。すぐれた先覚者たちの足跡がもうあとを絶ったとは思われぬ。今も民族の同じ血が受け継がれ流れているはずだ。そして流れるだろう」
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方