2019/11/01
インタビュー
災害が起こるたびに報じられる福祉施設の被災。多くの要援助者が入所するだけに、災害対応は困難を極める。こうした中、熱海市にある福祉施設では、BCPの取り組みを強化し、災害だけでなく情報セキュリティーなどさまざまなリスクに対応できる組織づくりに取り組んでいる。今年6月には、理事長の長谷川みほ氏が、BCM(事業継続管理)教育の専門組織であるDRIジャパンの研修を受講し、国際的なBCM担当者としての資格を取得した。長谷川氏にDRI研修を受講するに至った経緯とBCMへの取り組みを聞いた。

■大きな災害があれば人が死んでしまうと本気で考えた
私どもが運営している海光園は、指定介護老人福祉施設として1999年から事業を開始しています。ベッド数115床という地元ではかなり大きな施設になります。施設は年間を通じてほぼ満床で、スタッフ80人が介護などの業務に当たっています。
私自身は、2011年に起きた東日本大震災をきっかけに、「静岡ふじのくに防災士」というものを受講しました。それまで施設では消火訓練ぐらいしかやったことがありませんでしたが、3.11の時、大きな災害があれば人が死んでしまうということを本気で考えました。
手助けを必要とする人々の世話をさせていただいている社会福祉事業者として、これは決して許されることではありません。しかも、この施設は福祉避難所として指定されていて、大きな災害になると数十人の要支援者を受け入れなくてはいけません。

■やろうと思えばできることはたくさんあるはず
防災を強化することは、難しくてできないことではなく、やろうと思えばできることがたくさんあるわけです。もちろん、絶対に被災しない施設に造り変えるというようなことはできません。裏には山があり、大雨が降り続けば土砂が崩れてくるかもしれない。地震があればライフラインが止まるかもしれない。

それでも、万が一そうした事態になっても従業員や入所者の命だけは確実に守り、少し不便な時期があったとしても、なるべく早く元の状態に戻して、後から「助かってよかったね。またここで生活したいね、働きたいね」と言ってもらえるような施設の運営をしたいと思っています。

■これで大丈夫だと思ったことは一度もない
今も入所者の1週間の水や食料、生活品の備蓄はしています。大雨の時は、降雨量や防災情報を収集し、土砂災害警報が発令されたり、1時間当たり30ミリ以上の雨が降れば垂直避難させ、山側の部屋の入所者を海側(外側)の避難居室へ移す。あるいは、地震の際は、窓が割れる危険性があるので、窓から離れて避難することなどをルールとして定め実
際訓練も行っています。が、これで大丈夫と考えたことは一度もありません。

■さまざまな問題を経営リスクとしてマネジメントする必要がある
DRIジャパンの研修コースを受講しようと考えた理由は、災害に限らずサイバー攻撃や情報漏洩事故、テロなどさまざまな社会問題が取り上げられる中、こうした問題を経営リスクとしていかにマネジメントしていくかを、費用対効果も踏まえしっかり考えていく必要があると思ったからです。実は、私は今の仕事をしながらMBAを取得したのですが、リスクマネジメントは経営そのものといっても過言ではありません。そのリスクの中でも災害は発生をコントロールすることができないリスクです。

ならば、そのリスクをどう経営者としてマネジメントしなくてはいけない。どういう頻度で、どんな影響を受け得るのか、どこに脆弱性があるか、事故や災害で被害を受けたらどのくらいの損失を被るのか。それに対して、どのくらいの時間、費用を講じて、いつまでに復旧できるようにするのか……。これらは感覚で分かっていても、言語化して説明できなければ、スタッフを動かせるはずがありません。逆にこうしたリスクをなくせば、介護は「快護」へと変えられるはずです。
米国に拠点を持つ本部組織DRII (Disaster Recovery Institute International)が開発した事業継続教育プログラムで、受講後の資格試験に合格するとBCM資格を取得できる。
BCLJ501コースは、事業継続専門家のため専門業務10項目をカバーし、2.5日で約14時間の研修と、それに続く認定試験がある。
詳細:https://www.risktaisaku.com/articles/-/15614
■リスクマネジメントで事故を軽減
実際にコースを受講してみて、とても役に立ちましたし、私が疑問としていた点が全て体系化されていることに驚きました。今は、受講した内容に基づき、施設のBCPを一つ一つ見直しています。
その過程で気づいたのは情報の重要性です。顧客情報や介護保険に関するデータは、どんな事象であれ、それを失うようなことがあれば請求すらできなくなります。この他、私どものような福祉施設であっても、自社だけでどうにもならないことがあることも気づきました。今は非常用発電機の燃料供給会社とも災害時の対応について話し合っています。

■ああしておけばよかっただけはなくしたい
日頃生じるヒヤリハットも、廊下に貼り出し、皆で共有するようにしています。転倒事故はゼロにまで減りました。最も大きなリスクと言っていい感染症に対しては、毎月リスクマネジメント言委員会で対策を話し合うとともに、清掃を徹底しています。もし感染者を出したら、その対応だけで莫大な時間が奪われてしまう。それを考えれば、できる対策を徹底するのは当然です。ネガティブ要因をゼロにしていくのがリスクマネジメントです。後から「ああしておけばよかった」という後悔だけは絶対にしたくありません。

(了)
聞き手:中澤幸介
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