2016/12/05
リオ五輪から学ぶ 日本の危機管理を高めるヒント
【特集1】 奏功した交通施策

来場者の持ち物検査
会場での警備については、来場者の持ち物検査、いわゆるスクリーニングを行う必要がるため「会場のどの部分に、どのくらいの人が来ることが想定されるのか、いくつの検査設備が必要になるのか、あるいは床面積あたり何人が収容できるのか、どこに列ができるのか、などを計算して警備計画を策定した」(ボリ氏)とする。
例えば、歩行者スクリーニングエリアでは、来場者に金属探知機やX線装置を使った検査を行い、車両については、荷物や下部の検査などを行う必要があった。
特に、車両の入場については、乗っている人や、載せている物についても検査しなければいけないため非常に広い場所が必要になったという。「どこに、何台車が入れられるか、何カ所設ける必要があるのか、何人がそこにいる必要があるのか、車両タイプはどういうものが想定されるのかなどを考慮して計画を策定した」(同)。
物流についても、過去最大規模となるため、セキュリティ面だけでなく、競技場への物の流れをいかにスムーズに行うかを考慮し、システムを提供しなくてはならなかったとする。国際的な認証プログラムに基づき入場車両のチェックが行われることになっていたため、こうしたポイントについては、あらかじめ物流業者に説明した。
このほか、車両の入場ゲートについては、◇どの車両であってもマスター・デリバリー・スケジュール(MDS)に書かれているデリバリー・スロット(配送時間を可視化したもの)を重視しなければならないこと、◇会場での交通許可証を常に提示しなければならないこと、◇車両のスクリーニングを終えたらシールを貼り、セキュリティチェックを受けたことを明示する必要があること、◇運転者においても、常に適切な文書を携帯する必要があること、などをインターネットや文書で対象業者らに伝えたという。
500回もの訓練
訓練については、会場や選手村における各施設・棟ごとの緊急時の対応訓練、避難訓練などを含めると、計500回を超えたという。最大の訓練は、テスト・イベントと呼ばれる本番をなぞった模擬大会で、選手(希望者)も参加して行われた。気候条件も本番に合わせ2014年8月にはセーリング、2015年8月にはセーリングを含むすべての競技を対象に行い、その中で会場警備についても検証をしたとする。
財政難がデモを引き起こす

懸念されていたデモについては、大会が本格的に始まった8月5日に、開会式が行われたマラカナン競技場近くなど市内数カ所で行われたほか、同月12日には、市北部で地元学生ら100人ほどによるデモが行われたが、いずれも大会運営には大きな影響は出なかったという。また、トーチリレーでは「トーチが途中で盗まれるような事件が10件ほど発生したが、1万人の警備体制による100日間、326市にわたる警備で、緊急事態になるようなことは回避することができた」とボリ氏は語る。
デモの要因のほとんどが、国や市の財政状況がひっ迫した中で五輪が開催されることへの反発だった。
五輪開催の決定から本番までには5年以上がある。その間の経済情勢の変化を予測することは難しい。現状の景気ありきで準備をすることは高いリスクを伴うことは、日本でも考えておくべきことかもしれない。
オリンピックの開催が決定した2009年当時、ブラジルはBRICsの一国として、高度経済成長を遂げ、多くの国民が輝かしい国の未来を信じていた。その経済を支えていたのが海洋石油資源だった。リオデジャネイロはその開発の中心地として、当時「史上最高」といわれるほどの景気と低い失業率を誇り、誰もが街の生まれ変わりを疑わなかった。ところが世界の原油の価格が大幅に値下がりしたことから、原油ビジネスは大きな打撃を受け、さらに主要貿易先の中国の景気減速が足を引っ張り景気は悪化。さらにインフレが起こりブラジルは1930年代以来といわれる経済危機に陥った。
そこに加え、ブラジル政治史上最大ともいわれる汚職事件が追い打ちをかけた。リオに本社を置き、これまでリオ経済を支えてきた国営石油会社ペトロブラス(本社リオ)と政界関係者らの汚職の連鎖があぶり出され、大統領の弾劾裁判にまで発展した。ルセフ前大統領が所属する労働者党の多くの党員が罪に問われ、さらにルセフ氏自身も政府が国の財政赤字を隠蔽した疑惑で、停職処分となり、大統領不在の中、オリンピックは開催された。
オリンピック終了後の8月31日、ルセル前大統領は失職し、テメル副大統領が現大統領に昇格した。さらに、10月には市長選も控えており、政治状況は極めて不安定な状況だった。こうした政治への不満が募る中、大会の安全を確保する努力は並大抵ではなかったはずだ。
ボリ氏は、「重要なのはその時々何が起きているかを考慮することだ」と強調する。大統領の失脚や、市長選、あるいは競技の勝敗などが、観客や住民の行動にどう影響し得るかを考えることが重要とする。
一方、万が一、デモが拡大した際の対応についてもしっかりと考えられていた。小規模な事態ならレベル1として軍警(州警察の中の組織)が対応にあたる。もし、それだけ鎮圧できなければレベル2として国家治安部隊が対応にあたる。最悪のケースがレベル3で、このときは軍(主に陸軍)が対応にあたる。
ちなみに、テロが起きた場合の対応はレベル1が連邦警察で、レベル2は陸海空軍での共同対応、と2段階に分けられているそうだ。
(了)
リオ五輪から学ぶ 日本の危機管理を高めるヒントの他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方