2013/09/25
事例から学ぶ
2012年2月に発行された、東日本大震災における岩手県災害対策本部の闘いを描いた「ナインデイズ」(幻冬舎、河原れん著)の一節だ。モデルになったのは、医療班で指揮を執った岩手県医科大学付属病院(編集部注:現・防衛医科大学(2016/05/02))の秋冨慎司氏。2005年のJR福知山線脱線事故での医療活動にあたり、以来、災害医療のプロフェッショナルとして数々の災害対応の現場を経験してきた。日本の災害対応に共通した課題は何か。その克服への道は。現場から見た危機管理の要諦を秋冨氏に聞いた。
(編集部注)この記事は、「リスク対策.com」2013年9月25日号(Vol.39)に掲載したものをWeb記事として再掲したものです。(2016/05/02)
元岩手県医科大学付属病院(現・防衛医科大学) 秋冨慎司氏
Q1.東日本大震災の当日の様子を教えていただけますか?
外勤先の病院で整形外科の外来に当たっていたら、突然ミシミシ言い出して、揺れは次第に大きくなり、なかなか止まりませんでした。揺れがおさまるのを待って、院内の患者を外へ誘導し、その後、建物の安全をチェックして患者を建物内に戻してから、県庁の災害対策本部へ向かいました。
県庁に到着すると、テレビ画面で宮古市の防潮堤を津波が乗り越えて街を飲み込んでいく映像が映し出されていました。すぐに沿岸部の病院に電話をかけましたが、まったくつながらない、内閣危機管理センターやDMAT(災害派遣医療チーム)の事務局にも何度電話してもつながりませんでした。
あの日は天候が悪く、自衛隊のヘリも消防のヘリも沿岸部まで捜索に行けず、唯一、捜索に出られた警察のヘリが撮影してきた山田町の状況を見て声を失いました。街が消え、海と山から火が迫っていました。助けに行きたいけど行きようがない、行ける人も手段もない。でも、助けを待っている人がたくさんいる…。
Q2.そのような中で、医療班の指揮を執られたのですね。
夜飛べるヘリコプターは、航空自衛隊と海上保安庁、海上自衛隊しか持っていません。消防や陸上自衛隊のヘリは夜飛ぶことができないのです。ようやく電話がつながった内閣府に夜飛ぶことができるヘリや救助隊、医療チームの派遣を要請したところ、地震被害を予測するDISと呼ばれるスーパーコンピューターが、岩手県の犠牲者は100人未満と算出していたことから、不要だろうと思われ、台1も手配してもらうことができませんでした。後に知ったことですが、DISで算出された数字には、丁寧にも揺れだけを計測した推定値と書かれていたということです。
「情報を制するものは災害を制する」と言われていますが、発災当初は8割以上の情報が誤報です。けれども、その中に本当に対応しなくてはいけないものが隠されています。そして、情報がないことが重要な情報だったりもするのです。日本では、正しい情報が常に入ってくることを前提に災害対応を考えますが、実は「情報マネジメント」の必要性を理解していない。情報の質、信頼度を精査していないのです。
Q3.情報のマネジメントとは、具体的にどのようなことですか。
災害対応では、活動の目的を決めたとき、それを行うために、どのような情報が必要になるのか、情報を収集する前に具体的な項目を決めておき、それに基づき、情報を収集します。しかし、多くは誤報だったり、同じ内容が別々のところから入ってきたりする。そこで重要になるのが情報の集約化と分析です。僕はこれを情報のトリアージと呼んでいますが、信頼度が低くても人命にかかわるような重要なことに対しては対応度をあげないといけない。逆に、信頼度が高くても優先度が低ければ後回しにしなくてはいけない。国だったら、DISの情報に従うのではなく、最も状況を把握している現地からの声を優先的に聞き入れるべきだったと思うのです。
Q4.秋冨先生は、2005年のJR福知山線の脱線事故でも災害救助活動にあたられていますが、当時と比べ、災害対応の精度をどう評価されていますか?
少なくとも、岩手県に関しては、情報のマネジメントを含め、災害対応力は格段に高まったと自負しています。福知山線の脱線事故の当時、僕は滋賀県の病院で救命医として勤務していたのですが、兵庫県で大事故が起きたという速報を聞き、線路脇のマンションに突っ込んだ映像を見て、いても立ってもいられず、当時の上司だった長谷先生と一緒に現地へ駆けつけました。
この災害で感じた教訓はいくつもあります。僕自身、自らの危険を顧みず倒壊しそうな車両の中で医療行為にあたりながらも3人の命しか救うことができませんでした。そのことを後悔し、DMAT(災害派遣医療チーム)の資格を取り、その後、アメリカに渡って、特別救助隊の教育も受けました。別に、自分が救助隊になりたかったわけではないのですが、海外の特別救助隊は、サーチ・アンド・レスキュー(Search&Rescue)と言われており、捜索をして救助を行う技術を身に付けています。日本の特別救助隊に関しては、捜索する技術がほとんどありません。こうした技術や現場の安全管理システム、ショアリングといった安定化の技術も勉強したいと思っていました。福知山の脱線事故の時、助けることができた傷病者の一人から「実は、最初は10人以上声がしていたのですが、誰も僕たちを見つけてくれませんでした」という言葉を聞いて唖然としました。もっと多くの人を助けるためには、医療の限界、救助の限界を知ることが重要と思い始めていました。アメリカに渡ってから学んだことの一つは、捜索の効率化の重要性と、想定外の事態でも戦えるインシデント・コマンド・システム(Incident Command System:国として標準化された危機対応システムで、現場指揮システムとも訳される)でした。
当時感じた日本の災害対応の問題点の一つがハザードの分析です。今でも消防や医療関係者に対して、福知山線の事故の写真を見せて、この状況で、ハザードはどこにあるかという問題をよく出すことがありますが、多くの人はすぐには答えることができません。
まず、事故車両が倒壊する可能性があります。そして事故に伴って垂れ下がった高圧電線。オイル漏れも危険です。対抗列車も止めなくてはいけない。さらに、むらがる野次馬やマスコミ。こうしたハザード分析ができていないと安全な救助活動を行うことはできません。そもそも事故を起こした電車が7車両と報道されていたのに、空撮の映像では6車両しか写し出されていないことに誰も疑問を抱かなかった。残る1車両がマンションの1階にすっぽり入ってしまっていることを見落としていたのです。
事例から学ぶの他の記事
おすすめ記事
-
-
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
-
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
-
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
-
-
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
-
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
-
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方