Q10.そのような状況の中でどのような指示をされたのですか? 
まず内陸の災害拠点病院に患者の受け入れ態勢を整えさせました。自衛隊には、夜通しで通れる道を探していただき、翌朝から火災の消火活動にあたるとともに、200kmにわたる沿岸部を一斉にヘリでサーチをかけました。 避難所があるはずの場所が、津波で跡形もなくやられているし、山の上のお寺が避難所だったりする。生き延びている人がいたら、一人でも助けてあげたい。しかし沿岸部は19ある病院のうち13病院が被災して、そのうち4病院は全壊している状態でした。日以内に命が途絶える可能性3がある重症者や、慢性透析を受けている患者、酸素吸入が必要な患者は、すぐに息絶えてしまう。とにかくそのような人だけを集めて治療しようと必死でした。 

「なぜ、支援に来ない」と被災地の人からは何度も怒鳴られましたが、支援したくても、助けに行くことができないのです。とにかく一人でも多くの命を救うことだけを考えていました。 

DMATの各チームには、ヘリで生存者を見つけた場合は無条件で花巻空港に送っていいと指示しました。その時々、どこに搬送すればいいかを調整すれば大混乱になることは明らかでしたから。花巻空港にはSCU(広域搬送拠点臨時医療施設)をつくり、全国から計400人の医療チーム集めて、受け入れ態勢を整えました。これも震災の1年前に訓練をしていたことです。結果的に今回の3.11でも、地元の医師と消防の方が連携し、早い段階でSCUを立ち上げることができました。あまり知られていないことですが、岩手県は、SCUを使って気仙沼や石巻からも患者を引き受けています。宮城県からは余計なことをするなと叱られましたが、気仙沼や石巻が、支援を要請できないほど悲惨な状況になっていることが分からなかったのでしょう。

Q11.今改めて振り返り、災害対応で特に重要なことはどのようなことでしょう? 
首都直下や南海トラフ巨大地震が来れば、助けたくても助けられない、助けを待っても助けが来ないという、想像を絶する悲惨な事態に陥る地域がたくさん出ることが考えられます。岩手・宮城内陸地震や東日本大震災で感じた事は、大きな都市や県に救助隊や助けが集まるということです。 

本当に悲惨な地域を助けられるようにするためには、災害を「見える化」することが大切です。その上で、あらゆる組織が連携して対応できるICSのような標準化された危機対応システムが求められます。 お互いが何をしているか見えれば、いがみ合うこともありません。お互いのやっていることに信頼関係が築けたら、連絡がなくても、連絡ができないほどひどい状況だということを分かってもらえるはずです。 

もう1点、付け加えておきたいのは、行政職員なり、病院の職員も被災地では、支援者でありながら被災者だということです。家族の安否も確認できていない、家が流されて無くなっている、こうした状況で災害対応にあたられた方は少なくありません。それでも、頑張ろうとする人ほどPTSDが発生しやすい。 

東日本大震災では、各病院に、こういうスタッフがいたら、気遣って休ませてあげなくてはいけないことを院長宛に手紙を書いてDMATに持たせて、それと一緒にストレスチェッ・クシートを配布しました。被災地の病院の救急外来と救急搬送は、すべてDMATにやってもらうことにしました。こうすれば病院のスタッフは自分の患者に集中でき、多少なりとも休むことができます。 福知山線事故の後、一番、一生懸命救助にあたった上司が自殺してしまいました。十分に被災者を助けられなかったことを悔やみ、自らの命を絶ったのです。大切なことは気付いてあげることです。災害は最悪から始まります。どんなに頑張っても良かったなんて言う答えは見つかりません。そのことも知っておくべき事柄の一つだと思います。

Q12.日本全体の災害対応力を高めるために必要なことはどのようなことでしょう? 
まず、ナショナル・トレーニングセンターの設置です。すべての組織の人が、標準化された危機対応システムを学び、それぞれのレベルに応じた教育、訓練を受けられるようにすることです。 

繰り返しになりますが、災害対応は全員が目指す方向を一つにしなくては達成できません。岩手県でも、「それは市町村の仕事だ」「他の部局の仕事だ」と、縦割りの弊害から抜け出せない人がいましたが、こうした教育、訓練を受ければ、やるべきことが理解できるはずです。 

2つ目はあらゆる組織におけるレジリエンスの構築。耐震などのハード対策はもちろんですが、すべての組織がBCP(事業継続計画)や危機対応システムを身に付けなくてはいけない。 

最後は、ハード対策とも言えますが、ロジスティックの拠点をつくることです。できれば沿岸部なら各県に1カ所。さらに、東京、大阪、名古屋など大都市圏には大規模な拠点を整備する。その上で、それぞれの拠点から、県庁なり、災害拠点病院などに展開できる動脈を整備し、患者の搬送ルートも整える必要があります。 

物資や人を送り届ける上で必要なことは、ものを受け入れる側の「受援力」授ける側のと、「授援力」の両方です。東日本大震災では、県も市町村も受け入れる用意が十分にできていませんでした。それと同時に使いやすいように送るという授援力が欠如していたように思います。 実際に災害対応にあたっていると、いろんな人がいろんなことを言ってきます。それぞれ、よく聞けば正しいことばかり。でも間違えていると思うのは、タイムスケジュールの感覚です。僕は、10のn乗で考えてほしいと言っていますが、時の流れを考えると、揺れが収まって1時間は自分たちや家族の安全を確保しなくてはいけない。次に10の1乗、つまり10時間でやるべきことは、救助救援の準備をして情報網を確立して情報収集しながら移動するということ。100時間までは人の命に関すること、つまり救助救援です。そして、次の1000時間は、復旧活動です。各組織が連携し、過度な負担が一定の人に集中することがないよう交代させながら対応できる仕組みを構築しなくてはいけません。そして次の1万時間は、復興の期間となります。こうして考えると、どの段階でどのようなことが求められるのか、少し整理しやすくなると思うのです。 

今、首都直下地震、南海トラフ地震が発生したら、この国は終わります。一般市民も含め、すべての人が、日本を大災害から救うという共通の目標に向かって、災害対応力を向上させていく必要があると切実に思っています。

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秋冨慎司(あきとみ・しんじ)
岩手医科大学岩手県高度救命救急センター・助教。2003年千里救命救急センターチーフレジデント。2006年済生会滋賀県救命救急センター医長。その後東京大学救急部集中治療部を経て2008年より現職。