Q6.各組織を統制できる危機対応システムとはどのようなことでしょう? 
僕は災害対応に重要な要素をパックス(PACS)と教えています。 

Pはパーパス・アンド・プレパレ―ション(Purpose and Preparation)。目的と準備です。Purposeについては、部下に仕事を任せて責任を負わせるためには、「これこれをやっておけ」といっただけでは、部下は対応できません。何を目的に、具体的に何をやるかを明確にしなくては任すことができないということです。3.11でも酸素ボンベを確保してほしいと指示をしたら、それを上司が部下に命令したものの、結果的に翌朝まで用意ができていなかったことがあります。部下は、自分たちが入手できないなら仕方がないと諦めて、そのことを上司に報告もしなかった。もし、命に関わることで、県外からでも調達しろと明確な指示を出していたら結果は変わっていたでしょう。 

Preparationは事前の準備です。資機材や通信の冗長性はもちろんですが、心の準備も必要です。3.11では、被災地に行って、あまりの悲惨な光景に心が折られてPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥って帰ってくる人も少なくありませんでした。 

Aは、アセスメント(Assessment)、つまり評価です。現地の危険性や、負傷者数、どのくらいの応援が必要かなどを含め、評価しなくてはいけない。この際、重要なのは、上司も部下も、現地にいる人が共通の評価法を持って正しく現場を把握できるかということ。そのためには、何をどう評価するのか、事前に評価項目、評価基準を明確にしておくことが求められます。 

Cがコマンド・アンド・コントロール(Command and Control)とコミュニケーション(Communication)。CommandandControlは、縦と横の指揮調整です。災害対応は競争でなく協働です。全メンバーが同じ目的・目標に向かい連携して取り組まない限り、乗り越えることはできません。どこに統率本部があって責任者は誰か、連携する組織と担当者は誰か、どういうことを話し合うのか明確化して、さらに、上司と部下、他の部局、組織が情報を共有できるよう、連絡報告をすることが重要です。つまり情報伝達(Communication)です。ハード面なら、多重の通信手段を確保して、情報が確認できない時は伝令を定期的に飛ばす、アラートを出すなどの対応を考えなくてはいけません。 

最後のSはセーフティ(Safety)、安全です。具体的には4つのSを順番に行うことが求められます。まずセルフ(Self:自己)、つまり自分の身を守ること。次はシーン(Scene:場所)、その場の状況を確認し、同じ場所にいる人の安全を確保すること。そしてサバイバー(Survivor:傷病者)、傷病者や災害弱者を優先的にケアする。重症者がいたら応急措置をして危険な場所から搬送させる。そこまで守れて、ようやくソサエティ(Society:社会)、つまり地域社会を守ることができるということです。 

これらすべてができて、はじめて組織を統制する危機対応システムが構築できます。

Q7.岩手県では、岩手・宮城内陸地震後、どのような改善を行われたのでしょう? 
岩手・宮城内陸地震後、県の災対本部にお願いをして、医療班を入れることを了承してもらいました。そこから県の災害対策本部要員の方と一緒になってPACSを達成できるような、危機対応システムを構築し始めました。 

また、当時、県と消防、DMATの連携ができていなかったので、DMAT運営要綱の中に、連携をすることを明記してもらいました。これは、総務省消防庁からも評価され、全国のモデルとなりました。さらに、DMATの活動費用を県に補償してもらうようにしました。派遣命令についても、それまでは知事の命令がなくては出せなかったのを、病院長の命令で派遣させ、知事命令は後からでもいいということにしてもらったのです。 

もう一つ、大きく見直してもらったのが、災害対策本部支援室の組織体制とレイアウトです。 アメリカには、ユニファイド・コマンドといって災害の現地に各機関が集まる調整所を設置することが決められていますが、FEMA(米連邦緊急事態管理庁)のように、大統領命令によって責任者が全体を統制することができません。そこで、岩手では、災害対策本部支援室を総合調整所として機能するようにしたのです。 

東日本大震災ではすべての組織を1カ所に集めたことから、各機関との連携がスムーズに行えました。医療班は統括班の席に入れて頂けました。当時防災課長だった菊池満さんが「最初の3日間は人名救助が最優先だから、ここを使ってください」と席を用意してくれたのです。そのおかげで東日本大震災では、最初の3日間、捜索も含めると1週間は、消火活動、捜索活動、避難所支援とともに、被災地の病院支援や救助支援が、少ない機動力の中でもすべての組織が連携しあって効率的に対応を行うことができました。 

ヘリを総合運用する調整班も機能しました。ヘリの数がまったく足りない中でも、自衛隊、消防、海上保安庁、警察などのヘリを有効に機能させることができました。残念なのがドクターヘリだけが別行動してしまったことです。

Q8.異なる組織が連携することは大変です。 
消防は救出活動を行うことができますが、海上保安庁のような海上救出はできない。警察は治安維持や交通統制にあたれますが、自衛隊のように重機を使ったり人海戦術は行えない。自治体はさまざまな情報を持っていますが、医者のように人を救うことはできない。つまり、災害対応はプロフェッショナルの最大効率化だと思っています。すべての組織が力を合わせることが不可欠ということです。そのための仕組みがこれまでの日本ではできてなかったのです。 

3.11では、災害対応の足並みが揃うよう、各部署が何を目的にどのような活動を行うのかを明確に示したアクションカードをつくり、各部署の責任者にわたしました。 危機対応の国際規格であるISO22320では、指揮・調整に関する要求事項として、関連する法律、規則などを考慮することや、目的、活動内容を明確にすることなどが明記されていますが、こうした当たり前のことが、災害の現場では、頭で分かっていてもなかなか実行できません。ですから、アクションカードのような形で、それぞれの役割を明確にしたのです。

Q9.実際に医療班の指揮を執られ、当時困難も多かったのではないでしょうか?
県庁から沿岸部に行くには車で片道2時間半から3時間はかかります。しかも、当時は雪が降り積もっている状態でした。細い道路なら土砂が崩れたら車でのアプローチはまずできません。しかも沿岸部にたどり着いたとしても、瓦礫の山でどうにもなりません。ヘリに頼らざるを得ないのですが、青森は八戸の対応に追われ、宮城や福島はそれぞれの対応でいっぱいで、岩手までは来られないわけです。唯一、応援が期待できるのは秋田県ということになります。そのことは以前から考えていたことで、東日本大震災の数カ月前には、岩手県庁と秋田県庁の交流会も開きました。実際、最初に助けにきてくれたのは秋田県のDMATチームでした。それでも、何もかも足りない状況は解消されませんでした。