民間企業になぜコーポレート・インテグリティが必要なのか? そこには根拠がある

はじめに

前回、大要、次の点をお伝えしました。

・相次ぐ企業不祥事に端を発して日本取引所自主規制法人が2018年に策定・公表した「上場会社における不祥事予防のプリンシプル~企業価値の毀損を防ぐために~」は、企業不祥事が個別の企業価値を毀損するにとどまらず、それらの企業が属する資本市場全体の信頼性を失わせるものであるという理解・問題意識が根底にある。

・この策定の背景・文脈やその理解・論理は、スポーツ界においてスポーツ・インテグリティが主軸として語られるようになったそれと重なる。

・CSR(企業の社会的責任)やSDGs(持続可能な開発目標)といった概念がトレンドとなっている現代社会において、会社が社会により支えられている存在・生かされている存在であるという認識は強まっているといえる。

・現代社会では、社会から支えられ、生かされているスポーツがスポーツ・インテグリティを志向するように、民間企業もコーポレート・インテグリティの志向が必然的に求められるといえるのではないか。


連載第12回となる今回は、コーポレート・インテグリティとは何かについて考えていきたいと思いますが、それに先立って、なぜ民間企業が社会により支えられており、社会からの信頼が必要となるのか、ひいてはコーポレート・インテグリティが必要となるのかということについて、触れておきたいと思います。

民間企業が社会により支えられているということ

スポーツが社会により支えられ、生かされているといえることの根拠として、現代において、①スポーツの実践、②スポーツ団体の運営、③スポーツ競技大会の開催という面において、公的資金の投入が不可欠であることを指摘しました(連載第10回)。

これに対し、民間企業については、その成り立ちからして、直接的には公的資金は投入されていません。では、民間企業はどのような意味で社会から支えられているといえるのでしょうか。

まず、㋐個別企業レベルのものとして、当該企業が製造する製品や提供するサービスを購入してもらうという意味で、社会により支えられているといえるでしょう。

次に、㋑個別企業にとどまらず、その属する産業レベルのものとして、民間企業の活動を支えるために間接的に公的資金が投入されているといえることです。

例えば、自動車を販売するにも、その前提として自動車の走行に適する道路などの交通インフラの整備が不可欠で、そのためには公的資金が投入されているのであって、当該企業やその産業は社会により支えられている面があるといって差し支えないでしょう。

さらに、㋒株式会社制度・資本主義制度レベルのものとして、そういった制度自体が社会により支えられているという視点が挙げられるように思います。

株式会社制度・資本主義制度は近代ヨーロッパで発明され、ヨーロッパの覇権拡大に伴って世界中に広まっていった歴史的産物であり、決して普遍的・不変的なものではないのです。現代日本に生まれて育った我々にとっては、株式会社制度・資本主義制度は所与のものであり、当たり前のように考えてしまいがちですが、それは幻想・思い込みともいえます。

株式会社制度・資本主義制度が社会にとって有用・有益である限りにおいて、人々がそれを信頼し、受け入れ、その存続を支持しているのに過ぎないのです。つまり、株式会社制度・資本主義制度は社会により支えられており、この意味において、そのような制度を存立の基盤とする民間企業も社会により支えられているといえるのです。

以上のような3つの観点で、民間企業もまた社会により支えられているといえるように思います。

「個別レベル」「産業レベル」「制度レベル」の3つの観点で、企業は社会から支えられている(写真:写真AC)

とりわけ、上記㋒の観点からは、例えば、個別の不祥事といえども、株式会社制度・資本主義制度それ自体を揺るがすようなものにつながりかねないため、個別企業の特殊な事案として処理して終わりにするのではなく、共通の問題として、つまり、社会からの信頼・応援の問題、コーポレート・インテグリティの確保・保全の問題として捉えて、取り組んでいく必要があるということになります。

コーポレート・インテグリティは、個別企業の問題であると同時に、企業(制度)全体の問題であるというべきなのです。