ハラスメント窓口に相談してもらえない問題
第2回:帝京大学の炎上

吉野 ヒロ子
1970年広島市生まれ。博士(社会情報学)。帝京大学文学部社会学科准教授・内外切抜通信社特別研究員。炎上・危機管理広報の専門家としてNHK「逆転人生」に出演し、企業や一般市民を対象とした講演やビジネス誌等への寄稿も行っている。著書『炎上する社会』(弘文堂・2021年)で第16回日本広報学会賞「教育・実践貢献賞」受賞。
2023/02/10
共感社会と企業リスク
吉野 ヒロ子
1970年広島市生まれ。博士(社会情報学)。帝京大学文学部社会学科准教授・内外切抜通信社特別研究員。炎上・危機管理広報の専門家としてNHK「逆転人生」に出演し、企業や一般市民を対象とした講演やビジネス誌等への寄稿も行っている。著書『炎上する社会』(弘文堂・2021年)で第16回日本広報学会賞「教育・実践貢献賞」受賞。
前回でも少し触れました、私の所属先である、帝京大学経済学部の教授が学生の性別を勝手に取り違えて侮辱したことから発生した炎上のその後を、不祥事対応の例としてご紹介したいと思います。
学生がTwitterに教授とのやり取りを投稿したのが2022年11月21日、翌日には大学が「現在調査中だが、ハラスメント行為は許容していない」と公式サイトで声明を出し、大学の対応を含めて騒動を報じる記事が複数のネットニュースで出ました。
告発した学生自身はTwitterで大学名等を出していませんでしたが、翌日には私が受け持っている講義の学生では半分以上が認知しており、その後テレビでも報道されたため、翌週にはほぼほぼ全員が知っている状態になっていました。学内では大変な話題になり、問題を起こした教員は以前から学生への対応がおかしかったらしいという話も学生から聞きました。後に「週刊新潮」などで詳細な報道も出ました。
その後、大学は学生への聞き取り調査などを進め、年末に当該教授の論旨解雇と、教職員のハラスメント研修受講やハラスメント防止ガイドラインの策定等、今後の改善策を公式サイトで告知しました。実際、1月中旬に私もハラスメント研修を受けました。大学側からあらためて経緯の報告と大学のスタンスに関する説明もあり、教職員間でハラスメントに対する理解を共有することができたのではないかと思います。
ちなみに、12月上旬に行われた総合型選抜(いわゆるAO入試)の出願期間(2022年11月22日~12月5日)と報道がかぶっていました。もしかしたら影響があるかもしれないと思っていましたが、志願者数は前年比プラス1割前後で、明確なネガティブな影響は認められませんでした。
自分の所属先なのでなかなか評価しにくいですが、最初の報道の段階で、大学が「ハラスメントは許容しない」と声明を出していることが報じられたため、ダメージをある程度コントロールできたのかなと思います。
今回の事件であらためて感じたのは、ハラスメントを受けた当事者にどう相談窓口などに相談してもらうかという問題です。事件以前にも問題行動はあったわけですから、その時点で学生に大学に相談してもらい、適切な対応をしていれば、今回のようなことにはならなかった可能性も十分あったはずです。
国内の大学では通例、ハラスメント相談窓口を設けています。私が勤務している帝京大学八王子キャンパスでも、以前から学生サポートセンター内に窓口を設けており、公式サイト・入学時に配布される学生便覧・学内のポスターなどでも告知しています。また「なんでも相談」という、学習・生活全般の相談を予約なしで教員が受ける制度もあります。
ただし、以前被害にあった学生はこのような窓口を利用しておらず、告発した学生もTwitterでの告発を選びました。今回の件は一応解決し、告発した学生のTwitterを見る限り、その後も元気に学生生活を続けているようで良かったのですが、彼の将来にどういう影響が出るのかわからない面もあります。やはりできることなら窓口に相談してもらっていればなと思います。
この件について、担当している広報論の講義などで解説し、もしおかしいと思うことがあれば、話しやすいと思う教職員に相談してほしいし、ハラスメント相談窓口も活用してほしいと学生に話しました。ですが、レスポンスペーパーを見ると、一部ですが「窓口には相談したくない、きちんと対応してもらえるかどうか信用できない」といったコメントもありました。
このような不信感は、さまざまな要素が絡み合っていて、一朝一夕に改善するには難しい大きな問題です。ですが、それ以前の問題があることに気がつきました。大学の公式サイトでの相談窓口の説明を確認してみると、ハラスメントの具体例を挙げたり、「相談者の秘密は守られます」と強調したりはしているのですが、そもそも相談することで、どのように対応してもらえるのかぼんやりしているのです。
共感社会と企業リスクの他の記事
おすすめ記事
入居ビルの耐震性から考える初動対策退避場所への移動を踏まえたマニュアル作成
押入れ産業は、「大地震時の初動マニュアル」を完成させた。リスクの把握からスタートし、現実的かつ実践的な災害対策を模索。ビルの耐震性を踏まえて2つの避難パターンを盛り込んだ。防災備蓄品を整備し、各種訓練を実施。社内説明会を繰り返し開催し、防災意識の向上に取り組むなど着実な進展をみせている。
2025/06/13
「保険」の枠を超え災害対応の高度化をけん引
東京海上グループが掲げる「防災・減災ソリューション」を担う事業会社。災害対応のあらゆるフェーズと原因に一気通貫の付加価値を提供するとし、サプライチェーンリスクの可視化など、すでに複数のサービス提供を開始しています。事業スタートの背景、アプローチの特徴や強み、目指すゴールイメージを聞きました。
2025/06/11
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/06/10
その瞬間、あなたは動けますか? 全社を挙げた防災プロジェクトが始動
遠州鉄道株式会社総務部防災担当課長の吉澤弘典は、全社的なAI活用の模索が進む中で、社員の防災意識をより実践的かつ自分ごととして考えさせるための手段として訓練用のAIプロンプトを考案した。その効果は如何に!
2025/06/10
緊迫のカシミール軍事衝突の背景と核リスク
4月22日にインド北部のカシミール地方で起こったテロ事件を受け、インドは5月7日にパキスタン領内にあるテロリストの施設を攻撃したと発表した。パキスタン軍は報復として、インド軍の複数の軍事施設などを攻撃。双方の軍事行動は拡大した。なぜ、インドとパキスタンは軍事衝突を起こしたのか。核兵器を保有する両国の衝突で懸念されたのは核リスクの高まりだ。両国に詳しい防衛省防衛研究所の主任研究官である栗田真広氏に聞いた。
2025/06/09
危険国で事業展開を可能にするリスク管理
世界各国で石油、化学、発電などのプラント建設を手がける東洋エンジニアリング(千葉市美浜区、細井栄治取締役社長)。グローバルに事業を展開する同社では、従業員の安全を最優先に考え、厳格な安全管理体制を整えている。2021年、過去に従業員を失った経験から設置した海外安全対策室を発展的に解消し、危機管理室を設立。ハード、ソフト対策の両面から従業員を守るため、日夜、注力している。
2025/06/06
福祉施設の使命を果たすためのBCPを地域ぐるみで展開災害に強い人づくりが社会を変える
栃木県の社会福祉法人パステルは、利用者約430人の安全確保と福祉避難所としての使命、そして災害後も途切れない雇用責任を果たすため、現在BCP改革を本格的に推進している。グループホームや障害者支援施設、障害児通所支援事業所、さらには桑畑・レストラン・工房・農園などといった多機能型事業所を抱え、地域ぐるみで「働く・暮らす・つながる」を支えてきた同法人にとって、BCPは“災害に強い人づくり”を軸にした次の挑戦となっている。
2025/06/06
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/06/05
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方