効果の高い消火防御訓練にはシナリオのつくり込みとゴール設定が必要不可欠だ(出典:写真AC)

消防が行う各種訓練にはさまざまな目的がある。
実火訓練を行う場合も、状況予測訓練を行う場合も、管轄内の地域災害特性や季節的な二次的活動リスクなど、親シナリオと子シナリオを工夫することで、同じ時間内に行う訓練内容であっても、より深く、実践に即した内容にできる。

先日、静岡県消防学校で、警防課程の教養生と県内からの聴講生を対象に「火災防御訓練のためのシナリオ作成ワークショップ〜親シナリオと子シナリオの作り方〜」を行った。

11月21日静岡県消防学校にて、消火防御のシナリオ作成ワークショップの様子(画像提供:サニー氏)


ワークショップでは、概要として基本的な火災防御訓練に必要なコンセプトを参加者全員で確認した後、机上・図上訓練に生かすための現実的な火災防御のシナリオ作成を行った。シナリオ作成は、親シナリオと子シナリオ(付加想定)に分けて行い、最終的に班ごとに作成したシナリオと付加想定を発表、評価しあい、訓練のプロセスや手法を会得して頂く。参加者全員が全班の成果物を各所属に持ち帰り、それぞれの訓練に生かすことを目的にした。

以下は、米国オハイオ州トレド市消防救急局(TFRD)が作成し、実際に利用している、シナリオ訓練のための動画教材だ。先着隊の小隊長が火災建物を一周360度サイズアップ(事前調査)しながら、現場状況報告など、後着隊に共有すべき情報などを的確に発信している。こうした無線交信要領など一連のプロセスは勉強になる。

TFRD 2018 Fireground Scenario (出典:YouTube)

1.親シナリオは概要を伝え、イメージを醸成させる

親シナリオは、災害概要をわかりやすく&イメージ醸成を与えることが目的となる。親シナリオに災害概要の全てを書く必要はない。ヒント程度でいい。というのも、実際の災害発生時は、部分的な未確認情報をもとに初動対応が始まり、すべての情報を得ることはできないからである。

必要や目的に応じてではあるが、親シナリオに含めるポイントは以下のようなものが考えられる:

・災害情報(火災発生場所、火点情報、燃えている状態等)
・規模(周囲への影響、損害、要救助者及び被災者数予測)
・日付(祝日、土日、平日)
・季節(発生場所における特有の季節情報)
・気象(時季的情報、気象予報)
・時間帯(深夜が一番難しいため、最初は日中から始める)
・風向き(風向、風速、風力)
・周囲の環境(地下水、河川、海、大気等、公共施設、住宅地、学校)
・要救助者(逃げ遅れ者の数、傷病程度、施設関係者、来訪者等)
・場所等(現存施設の実際の特定名称、動線、発災後の物理的状況等)
・自主防災組織や消防団の体制(土日、祝日、夜間は対応人数が極端に少ない)
・敷地内環境(アクセス条件、警備体制、道路等公共改修工事等)
 など

●親シナリオの例:

ここでおさえるべきポイントは、季節的火災特性、時間帯、災害要援護者、危険物という活動上の対応リスクがあり、さらにすでに延焼拡大中の現場にどう対応するか?というシナリオを作成するプロセスにおいて、119番通報入電から火災現場引き上げまで、一連の活動を自動的に考えさせる訓練になっているか、ということだ。

「2019年1月2日、午前2時22分、東京都世田谷区奥沢7丁目333番 、サニーハウス102号室にて、ストーブに灯油を20リットルポリタンクから給油中、火に引火したと思われる火災発生。

現在、1階102号室から2階の202号室に延焼中。要救助者は、102号室の80歳男性で全身やけどを負っている。202号室には耳の聞こえないご夫婦と子供2人がいる模様。」


親シナリオに決定的な役割を果たすのがマップだ。火災建物を想定する管内地図を選択して、消火栓や防火水槽、風向きや方角などを地図上に取り込んで航空写真地図上に表示することで、火災現場をより具体的にイメージできる。

どのシナリオもあまり複雑にすることなく、特別な装備や技術が必要なくても、既存の装備で十分に対応できるが、少しでも活動に知恵を絞らなければならなかったり、優先順位を判断しなければならない内容を含めることで、充実した訓練になる。
 

2.子シナリオは訓練者を本気にさせ、 具体的対応を導く

子シナリオは、訓練参加者を本気にさせ、 具体的な対応を導く。災害素因子=子シナリオによって、初動対応へ誘導する段階的活動とゴール設定までのヒントを与えてくれる。その意味では訓練に欠かせない部分といえる。実際の現場状況に即したものであるほど、訓練の成果も高い。半日全3時間のワークショップのうち、子シナリオの作成だけに1時間を使う。ここで各役割(班)別に約30の子シナリオを作っておくことを目安にしている。

・先着隊の役割(到着場所、水利選択、消防設備&器具の選別、隊員の配置等)
・対応優先順位(生命、身体、財産、危険、環境汚染、援助要請、警戒区域設定等)
・指揮命令体系(災害急性期〜鎮静期まで段階的に)
・個人装備(防護服、活動資機材等の選定と着装場所、活動&退避時間の判断、交替)
・物質からの隔離と現場管理(自主防火組織や消防団の活動管理、隔離方法や距離)

・防護(地域社会への避難喚起、物理的防護手段、他機関による防護支援)
・除染(除染手法、除染する場所やタイミング、除染水等の廃棄手段等)
・救助(被災者員が自力避難するための遠隔支援、他機関との連携、自己完結は困難)
・救急(現場応急処置、搬送手段、搬送先病院の選定等)

・2次災害(駐車車両等への引火、隊員の感電、防御&退避判断ミス、エア切れ等)
・放火や保険金詐欺の現場保全(放火の見分け方、現場保存と防御の同時進行等)
・復旧と終結(破損装備調査と部品調達、資機材撤収要領)

・メディア対応(記者発表内容整理など)

●子シナリオの例:

・関係者(通報者)が「実は自分が放火しました」と先着隊の消防隊員に自首してきました。警察官は到着していません。先着隊員は3名です。
・自首してきた通報者が、実は2階の203号室に大量の黒色火薬があると言っています。

・現場前面道路はポンプ車1台がギリギリ通れるほどの道路狭隘地区。
・独居老人の放火による自殺の可能性もあるという情報が入りました。
・アパートの他の部屋の住人の安否は不明。ほとんどは外国人居住者。
・火点壁外側の予備燃料と車庫の車に延焼し、2階と隣に延焼拡大中。

・MHKテレビが現場取材で現場消防士の話を聞きたいそうです。
・近くの高齢者施設職員が避難した方がいいか?聞いてきています。
・近所の家から、子供達が黒煙を怖がっているとの通報あり。
・隊員がエア切れで、火災建物屋内で放水作業中に倒れました。
・自主防火組織の消火班2人が、活動の指示待ち状態です。

・あと10分ほどで、雷を伴う大雨になる天気予報が発令されました。
・初期消火を行った人が有毒ガス吸気による意識障害があるそうです。
・火災室隣(不在)で犬と猫と小鳥が逃げ遅れているという情報有り。
・ポンプ車の後部から、ホース2本と筒先2本が盗まれたようです。
・火点室内には家具が全くなく、空き室であった可能性が高い。

・周囲では多数の野次馬が、スマホで消防隊の活動を撮影しています。
・2階に上る階段側に火炎が吹き出している状態。
・地元消防団員3名(70歳代)が活動指示を求めています。
…など


現状の出動態勢や到着時間などを考慮して、誰が何をどこまでできるのか?また、その対応中の緊急対応をどう判断し、指示や報告を行うのか?などが付加想定の訓練ポイントになる。
 

3.親子シナリオで火災防御活動の勘所をおさえる

親シナリオ・子シナリオの作成が完了したら、いよいよ訓練開始だ。
消火活動に携わるのは、ポンプ車先着隊、ポンプ車後着隊、救急隊、指揮隊、はしご隊、消防団、警察などの部隊がある。参加者は親シナリオ・子シナリオをもとに、各部隊が対応すべき活動を瞬時に書き出していく。

書き出す時間は3分ほど。下のような用紙を使い、8つの各隊が対応すべき活動を予測して、書き出してもらう。書き出す内容はディスカッションの素になるキーワードだけでも良い。

シナリオに沿って一通りの訓練を終えたら、5~6人程のグループに分かれて、書き出した内容について、5分ほどディスカッションを行う。各グループで書き出した内容を参加者全員に発表し、講評や質問を受ける。

こうして参加者全体が各部隊が取るべき対応について共通の理解が得られたところで、再度各グループに戻り、同じ親シナリオをもとに、最終総括として「現場到着時の目的と各隊の役割」を参加者個人で3分ほど書き出し、その後、グループで5分程度ディスカッションして、具体的な各隊の戦術や活動の流れを確認する。

一般木造住宅火災の出動隊:現場到着時の目的と各隊の役割

ポンプ車先着隊:________________________________________
ポンプ車後着隊:________________________________________
救急隊:______________________________________________
指揮隊:______________________________________________
はしご隊:____________________________________________
消防団:______________________________________________
警察:_______________________________________________
その他:_____________________________________________


親シナリオによっては、新たに隊を増強する、夜間用の照明車を手配する、危険物などが大量に貯蔵されている場合は泡発砲車を手配するなど、必要に応じて追加する。
 

4.できるだけ明確なゴールを設定する

どのシナリオにも、できるだけ明確なゴール設定があった方がスムーズに訓練が進行しやすい。もちろん訓練を進めていくプロセスで、多くの防御手順や活動のポイントを覚えることができ、メリットは大きい。

・シナリオ訓練により、気づき、防御の基本、適正発話による指揮命令等を学ぶ
・配慮者優先順位等、現場の救助トリアージにより、要救助者を全員救助する
・的確な消火戦術指示により、現場到着から15分以内に火災鎮滅させる
・消防隊員の負傷者、野次馬の怪我、現場関係者や住人の2次災害を防止する
・泡消火剤を使った簡単な消火法等、新しい消火方法開発のきっかけをつくる
・シナリオ作成により、現場状況予測と危険予知、指揮判断、防御手順等を学ぶ
・現場コントロールにおける手順と方法、安全管理と2次災害予防を学ぶ
・発話内容に伴う時系列の活動予測、繰り返しによる発話要領の練習
・現場到着時の目的と役割の確認。指示タイミングと安全の確認要領等を学ぶ
・消防隊員の負傷など、至急報が入ったときの冷静な指示と対応手順を確認する
・事件性のある現場の現場保存、撮影による状況証拠の確保、火災原因調査協力
・最大限の被災者の財産保護やペット等の生命救助手順、対応と引き渡し手順
・風力や気圧、気象情報から現場活動の状況変化を予測し、指示する
・現場到着から引き上げまでのプロセスとポイントを参加者全員がおさえる
・小隊長、中隊長の状況判断力や現場指揮能力を強化する
・現場活動の安全、迅速、選択の可視化を実現する
・各隊の活動に必要な情報の提供と共有の体制を確認する
・各隊員の火災現場対応能力を強化する
 など


前述の米オハイオ州トレド市消防救急局の動画をもう一度見てほしい。とくに火災防御活動中の無線交信内容や種類、発話数に注目すると、日本と比べ圧倒的にアメリカの方が、出動途上から現場到着までにおこなう情報共有量が多いことに気づく。理由は、アメリカの場合、入電時から各時点でのタイムラインの基づいた報告内容と手順が最低限、決まっているからかもしれない。

また、指揮隊はもちろん、警防小隊の無線を活用するすべての隊員に年間訓練計画の中で、組織によっては最低14時間以上の発話訓練が義務づけられており、階級に関係なく、必要なタイミングで状況報告を行う実力を身につけている。

現在、多くの消防本部で指揮隊の指揮訓練や小隊長レベルの無線発話訓練、現場状況把握訓練について具体的な訓練手法を探しているという声を聞くが、今回の火災防御訓練の効果的なシナリオ作成講習、火災防御のタイムライン訓練をセットにしてワークショップを行うことで、指揮要領から発話内容やタイミングなど、現場活動に必要な無線運用や現場判断などが身につくと思う。

もし、上記の出前研修にご興味がある訓練企画担当者は是非、下記までご連絡いただきたい。

info@irescue.jp
https://irescue.jp

(了)