その後、気象衛星の雲画像を数多く観察していくと、図6のような事例は決してまれではないことが分かってきた。例えば、1974(昭和49)年7月7日に静岡県で発生したいわゆる「七夕豪雨」も、図6に似た雲パターンで起きていたことが分かった。図7(a)はそのモデルを示す。

写真を拡大 図7. 台風の外側の帯状雲(大雨を降らせる)のモデル。(a)は南方にも熱帯低気圧がある場合。(b)は台風の南東象限にできる帯状雲のモデル。岡林・黒崎(1976)の図を改訂

台風の南東象限にできる帯状雲

筆者は、気象庁予報課に配属された若き日、台風が日本列島に接近・通過する過程で雲パターンが変化していくことに関心を持ち、多数の事例について調べたことがある。台風の雲域は、低緯度の洋上にあるときは円形に近い形をしているが、日本列島付近に北上してくると、次第に円形度が崩れ始める。そして、台風中心の東側から、南南西の方向に伸びる雲の帯が形成されることに筆者は注目した。図7(b)のモデルがそれに該当する。

日本列島付近にやって来た台風に図7(b)の帯状雲ができるのは、台風の西側から南側に回り込む中緯度気塊が、台風の南東象限で熱帯起源の暖湿空気と出会い、そこに境目を形成するからである。この帯状雲は、台風が温帯低気圧に変化していく過程で、いち早く、台風本体の温帯低気圧化に先行してでき始める。その位置は、飛騨川豪雨時の天気図(図2)のように、寒冷前線として認識されるものである。

台風が日本列島付近にやって来たとき、台風中心の西側に寒冷前線を描いた天気図を見かけることがあるが、その位置に寒冷前線ができることはなく、その解析は正しくない。台風が温帯低気圧化しつつあるときの寒冷前線は、必ず台風中心の東側または南東側から描かれなければならない。

図7(b)の帯状雲は、事例によって長さや明瞭さに違いはあるものの、台風が日本列島付近に進むとほぼ例外なく形成される。筆者が得た結論は、図7の(a)と(b)は本質的に同じで、南方にも台風または熱帯低気圧が存在する場合に限って(a)になることがある、というものである。

水蒸気の補給路

図7(a)、(b)の帯状雲は、中緯度に進んだ台風が南方から水蒸気の供給を受ける補給路のようなものである。台風の南東象限に形成されるこの帯状雲は危険だ。幅が細いことは、川幅が狭くなっているようなもので、流れが急になっていることを示す。別な表現をすれば、そこでは水をたっぷり含んだタオルを絞るようなもので、狭い範囲に多量の降水がもたらされる可能性がある。

しかも、この帯状雲は、飛騨川豪雨のときのように、動きが遅かったり、ほとんど停滞したりすることがある。そうすると、同じ場所で強い雨が持続することになる。どのような場合に動きが遅いのかと言えば、それは、台風が東へ進まず北上するときである。台風が北北西や北西に進むときはなおさらである。飛騨川豪雨の事例がそれに該当する。

さらに言えば、帯状雲が図7(a)タイプのときは、台風が東へ進んでも、帯状雲の全体が東へ移動することはない。なぜなら、南方の台風または熱帯低気圧に近い部分の帯状雲は西進するからである。つまり、図7(a)タイプでは、帯状雲のどこかに移動しない支点のような場所が存在することになり、そこを中心に帯状雲が時計回りにゆっくり回転する。

台風が日本列島付近に近づくときは、進路予想図に表示される台風中心の動きだけでなく、台風の南東象限にできる帯状雲を常にマークしておきたい。