2020/08/16
防災・危機管理ニュース

常態化する「悪い年回り」
長期の夏季休暇が終わり、再び仕事に精を出している人も多いかと思います。年明けから暗いニュースが続く2020年も早や8月。折り返し地点をだいぶ過ぎました。
新型コロナウイルスの世界的流行にはじまり、全国各地で頻発する記録的豪雨、さらに災害級の猛暑。移動・営業の自粛は現在も続き、お盆の人出は閑散、スポーツや文化イベントは中止となり、経済は停滞、差別的言動・行動は止む気配がなく、社会は緊張の度を増しています。
天災だけでいえば、それが自然の宿命とあきらめることもできるでしょう。寺田寅彦のいうように、いつかは必ず「悪い年回り」が巡ってくると覚悟を決め、よい年回りの間に十分な備えをしておくことが肝要です。
しかし問題は「悪い年回り」が常態化し、それを受け止める社会が年々脆くなっていること。従来の防災対策や危機管理は、ここへきて抜本的な見直しに迫られているようにみえます。
BCPの見直し迫るコロナそして温暖化(昆正和)
https://www.risktaisaku.com/articles/-/37137
とはいえ、それは必ずしも大がかりな変革とは限りません。常日頃からの備えとは、そもそも恒久的なもの。すなわち、私たちの日常生活や経済活動そのものだからです。「リスク対策ドットコム」の最近の記事を振り返りながら、日本ならではの防災について考えてみたいと思います。
防災と生活は密着している
日本列島が古来より数多の戦災や自然災害に見舞われ、外国からの疫病にさらされ続けてきたことは周知のとおりです。日本の生活や仕事のあり方、つまり社会のあり方は、そうした災厄との長い関わりによってつくられてきたといっても過言ではありません。
「方丈記」を書いた鴨長明が、京で起こった戦乱と災害・飢饉を逃れて最後に住んだ「方丈庵」などは、一つの典型といえるでしょう。一丈四方の最小限の空間はつくり変え可能で、いざとなれば分解してよそへ運べ、災害に見舞われても憂いがありません。

コロナ禍でのステイホーム期間中に「断捨離」が再注目されたのは記憶に新しいところです。長明はわが身一つを過不足なく包んでくれる終の棲家を「老いたる蚕の繭を営む」と表現しましたが、執着を捨て本当に大事なものだけと生きる人生観のルーツを、この時代にすでに見ることができます。
防災備蓄を今のうちに見直していくべ(赤プル)
https://www.risktaisaku.com/articles/-/37115
「逃げられない社会」で逃げる
地震、津波、洪水といった自然の猛威に対し、いち早く安全な場所へ逃げる行動は危険を回避する自己保存本能に根差すものです。まずは人命第一。確かにその通りですが、何かがその障壁となっていることも事実です。

日常生活に過度の緊張を強いることのないよう、ある程度までの異常は正常範囲として処理しようとする心の動きを、心理学の分野で「正常性バイアス」というそうです。人類学者にいわせると、こうした心の動きは社会システムに依存するとのこと。すなわち稲作による定住生活の始まりを機に、日本人は逃げられる社会から逃げられない社会へと生き方の基本戦略を大きく変えたというわけです。
定住生活の基盤の上で、私有財産とさまざまな人間関係に囲まれた個人が、災害に遭遇した際、その一切合切を棚に上げて逃げることは、決して容易ではありません。いわゆる「災害弱者」といわれる人たちであれば、なおさらです。
球磨村「千寿園」での悲劇を検証する(あんどうりす)
https://www.risktaisaku.com/articles/-/37545
「リスク」を正しくキャッチする

気象学者の坪木和久氏は避難にかかる労力を「コスト」、予想される被害を「リスク」ととらえ「コストとリスクを比較して、リスクが上まわるとき、人は避難すべきと判断する」(坪木和久「激甚気象はなぜ起こる」)と指摘。コストに比して、自然の外力であるリスクを限られた情報で正確に見積もることは極めて難しいと説いています。
逆にいえば、リスクを正確にキャッチできれば、人は適切な避難行動を取ることができます。ハザードマップや気象情報の活用をはじめ、日常生活における教育や訓練が必要なのはそのためです。
避難の心得 基本編③水害・内水氾濫について(トクする!防災)
https://www.risktaisaku.com/articles/-/37072
https://www.risktaisaku.com/articles/-/36791
https://www.risktaisaku.com/articles/-/35103
「生きた情報」の持つ意味

東日本大震災の折、南三陸町の防災庁舎からマイク放送で避難を呼びかけつつ津波にのまれてしまった若き女性の死は無念の極みです。こうした話は数多くあり、古くは「稲むらの火」で有名な濱口梧陵の逸話、また昨年秋に千曲川の大洪水に見舞われた長野市長沼地区でも、市消防団団長らが堤防決壊の直前まで半鐘を叩き続けたといいます。
賛否は分かれるかもしれませんが、彼女、彼らの必死の「呼びかけ」によって命を救われた人は決して少なくありません。このことは、避難行動における「生きた言葉(情報)」とは何か、そしてそれがいかに大きな役割を持つのかを、私たちに突き付けてくるようです。
災害から回復するために
新型コロナウイルスへの感染、あるいは自然災害に遭遇することも、個人の力ではどうすることもできない問題です。海や山で生計を立てる人が災害で住まいや仕事場を失ったとき「この地はあきらめて都会へ」と強制することなどできないでしょう。
災害に遭った人たちが生活と仕事の基盤を回復するには、元の土地または至近距離に取り戻すことが必要です。国が土地を買い上げ、大規模造成を行い、集団移転を促すような中央集権的な施策は、被災者に寄り添っているとはいえません。

農林業にしても漁業にしても、日本列島の住民たちは、自らの生存をかけて生活と仕事の基盤を切り拓いてきました。このたびの豪雨で大きな被害を受けた熊本県の人吉・球磨にも、その証として「松谷棚田」などの素晴らしい景観が存在しています。
これは、領主や豪農による計画的な大規模工事で生まれたものではありません。「小作人」といわれる人たちが、乏しい余暇労働力を営々と投じ続けた結果です。自らの農地を獲得するという希望が、つらい労働をあと押ししたのでしょう。それは、厳しいけれども、暗い作業ではなかったはずです。
復興とは生き生きしたもの
被災から立ち直る地域住民や地元企業の姿が、ハンディーキャップを乗り越えて立派な文化遺産を築き上げた中世の農民の姿と重なります。大がかりで破壊主義的な開発とは無縁の、地域の気候風土や生産体制、コミュニティーに根差した地に足の着いた復興です。
歴史学者の網野善彦は、日本中世の庶民のダイナミズムを「アジール(無縁所)」という概念でとらえました。そこはいわゆる駆け込み寺のような場所で、世間の縁(秩序)から逃げ出した者が債権放棄・債務免除のもとで新たな生活を切り拓くことができたといいます。

アジールは辺境の地に多くあったそうですが、このことは、日本社会のかたちが中央政府の統治機構によって画一的に規定されたものではないことを物語っています。むしろ遍歴する職人や芸能民たちがアジールのような場所に集まり、豊かで多様な民衆文化を築いていったのでしょう。
不遜を承知でいえば、災害に見舞われた被災地はまさに「アジール」のようです。そしてそれは暗いイメージどころか、新しい地域文化を切り拓く希望の地に映ります。復興とは本来、生き生きとしたものであるはずだからです。
BCPリーダーズ2020年8月号
事例1:「地の利」を味方に台風19号水害へ迅速対応(ホクト)
事例2:西日本豪雨を乗り越えた珠玉の日本酒(旭酒造)
https://www.risktaisaku.com/category/BCP-LReaders-vol5
(リスク対策ドットコム編集部:竹内美樹)
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