2019/01/07
安心、それが最大の敵だ
言論の死と国際的孤立
昭和6年(1931)9月の満州事変勃発を契機に、朝日新聞は軍事行動追認へ論調を変えた。社説転換の象徴とされるのは、この年10月1日の大阪朝日の社説だ。
「満州に独立国の生まれ出ることについては歓迎こそすれ反対すべき理由はない」と書いた。それは朝日が掲げて来た「統一中国実現への支援や中国民族主義の肯定という基本理念と、満州は中国の一部だという事実認識をすべて捨て去ることを意味する」(後藤孝夫「辛亥革命から満州事変へ」)とも言えた。
昭和7年(1932)3月、日本は「満州国」を独立させ、実権を握った。「傀儡(かいらい)政権」である。イギリスのリットンを委員長とする国際連盟の調査団が実態を調べ、10月に報告書を発表した。
(1)「満州国」は自発的な独立運動でできたとは考えられない。(2)日本の満州での権益は無視しえない。(3)中国の主権下で満州に自治政府を設けるべきだ、などの内容だった。
日本に配慮した報告書だったが、「満州国」を承認していた日本側、特に新聞は憤激した。10月3日の社説には非難の言葉が並んだ。東京日日(現毎日新聞)の見出しは「夢を説く報告書、誇大妄想も甚だし」。東京朝日も「錯覚、曲弁、認識不足」と題して、「歴史を無視したる空論」と決めつけた。満州事変以降新聞を支配した無分別な高揚が「慣性」のように働いていた。
一方で、リットン報告書に基づき日本軍の撤退勧告などを含む報告案の内容が明らかになると、国際的孤立への不安も高まった。東京朝日は昭和8年(1933)2月18日、「勧告書は判決文にあらず」と題する社説で、連盟から脱退には慎重な姿勢を見せた。ただし、「勧告書が日本の立場を理解せず、随(したが)って極東平和の確立に対して効果的手段を指示し得なかったとは、吾人の深く遺憾とするところ」とも述べる。
「満州国」に固執しながら、国際的孤立も避けようとする立論には所詮(しょせん)、無理があった。報告案は42対1で採決された。反対は日本だけだった。日本代表は退場し、国際連盟脱退が決まった。
謝辞:「新聞と『昭和』」(朝日文庫)は良書であり、多くの引用をさせていただいた。あらためてお礼を申し上げる。
参考文献:「太平洋戦争と新聞」(前坂俊之)、国立国会図書館及び筑波大学附属図書館の関連文献。
(つづく)
- keyword
- 安心、それが最大の敵だ
- 張作霖
- 満州
安心、それが最大の敵だの他の記事
おすすめ記事
-
海外危機管理マニュアルの作成が急務
海外に社員を送り出す企業にとって、緊急事態が発生した際の対応体制は必須。どんなに現地に慣れたベテランでも、自分の身を守り切れない事態は起き得ます。ましてや現在は安全保障上の国家対立が深まり、東アジアの緊張も高まっている時代。海外危機管理サービスを手がける安全サポートの有坂錬成代表取締役に、海外進出企業が取り組むべき対策を聞きました。
2026/02/05
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2026/02/05
-
-
-
中澤・木村が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2026/02/03
-
-
-
発災後をリアルに想定した大規模訓練に学ぶ
2026年1月14日、横浜市庁舎10階の災害対策本部運営室で、九都県市合同による大規模な図上訓練が行われた。市職員に加え、警察、自衛隊、海上保安庁、医療従事者、ライフライン事業者などが一堂に会し、市災害対策本部運営をシミュレーションした。
2026/01/26
-
-







※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方