2019/04/26
知られていない感染病の脅威
2.人の場合
(1)潜伏期
幅はありますが、通常1~2月と考えられています。しかし、7年という非常に長い潜伏期を示した事例も報告されています。かまれた部位によって長短があるようです。頭部に近い場所、例えば顔面をかまれた場合の潜伏期は短く、足のつま先など頭部から距離のある部位をかまれた場合には、発病するまでより長い時間がかかると考えられています。
(2)初期
発病した初期には、発熱と頭痛が一般的に見られるようです。咬傷(こうしょう)部の知覚異常を覚えることが知られています。精神的にも不安定となり、不安感におびえる症状が発現することもあるようです。
(3)狂躁期
症状は次第に進行して、知覚過敏となり、嚥下(えんげ)障害が始まり、意識障害も起きるようです。そのため幻覚に襲われ、錯乱状態に陥ることがあるようです。全身痙攣も起きます。
(4) 末期
最終的には呼吸器麻痺が起きて死亡します。発病してから、4〜14日程度で死亡すると言われていますが、実施される対症療法により多少の延命効果はあるようです。人に出現する症状で特徴的なのは、嚥下筋のけいれん発作による飲水ができなくなることです。意識障害を伴うため、人の狂犬病を恐水病と呼称することがあります。
人が狂犬病に罹患しないための予防策
1.犬などにかまれる前のワクチン接種
曝露(ばくろ)前ワクチン接種(pre-exposure vaccination)といわれ、本来の予防のために行っておくワクチン接種のことです。日本国内でのワクチン接種が可能です。すなわち、不活化狂犬病ワクチンを4週間隔で2回皮下注射、さらにその6~12カ月後に1回の追加接種をすることとなっています。主に、狂犬病流行国への渡航者や、感染の危険性の高い研究者、獣医師などに対して感染予防のために渡航前に接種されています。ワクチン接種プログラムからお分かりのように、渡航の半年以上前からの準備が不可欠となるので注意が必要です。
一方、国外で狂犬病ワクチン接種を受ける場合は、WHOの推奨により、初回、7・28日目接種の3回の筋肉または皮下接種になるようです。どちらの方法でも通常充分な予防効果が得られます。
2.犬などにかまれた後に緊急に接種するワクチン
曝露後ワクチン接種(post-exposure vaccination)です。イヌなどにかまれてしまい、かみ傷から狂犬病ウイルスが感染する恐れが生じた時(曝露後)に、発病するまでの長い潜伏期の間にワクチンを接種して、免疫を付与することにより発病を阻止する目的の、治療効果を狙ったワクチン接種です。国外での実施例は多く、現在でも全世界で毎年1000万人近くの人々が曝露後ワクチン接種による治療を受けています。犬などからかまれたら、例え曝露前ワクチン接種を受けていても、できるだけ早くワクチン接種を開始することが重要です。
狂犬病の流行地域において、感染の可能性のある動物にかまれた場合、あるいは濃厚な接触をした場合には、大至急、創傷部位を流水とせっけんにより十分に清浄しなければなりません。その上で、現地の医療機関において速やかにワクチン接種を受けることになります。ワクチン接種は、初回、3・7・14・30および90日目の合計6回、皮下注射により行われます。曝露前ワクチン接種をあらかじめ受けていれば必要ありませんが、初回のワクチン接種日には、抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン(RIG)の接種も行われます。日本ではRIGの製造は認可されていないため、国内では入手困難です。
ただし、国外で製造・使用されている狂犬病ワクチンとRIGの質に問題がある場合もあるようですので、前もって、厚労省検疫所などに問い合わせて確認しておくことが必要です。
3.狂犬病ワクチン接種における問題点
現在、日本における狂犬病ワクチンの生産量は年間4~5万本です。従ってその供給体制には限界があります。一方、2018年の日本人海外渡航者数は、延べ2000万人近くに及んでいます。年間3万人以上の死者を出している狂犬病流行国であるアジア諸国、例えば中国に約250万人、タイに約100万人、フィリピンに約40万人程度渡航していると推定されます。お分かりのように、日本国内でのワクチン生産量では、アジア諸国への渡航者すべてに曝露前ワクチン接種を実施することは残念ながら不可能です。従って、狂犬病感染のリスク(渡航地域、渡航期間、渡航目的)を考えた上でのワクチン接種が求められるのが現状です。渡航国(地域)の狂犬病流行状況および対応可能な医療機関についてなど、あらかじめ十分な情報を得ておくことは大変重要になります。
狂犬病ワクチンを常備している日本国内の病院は、厚労省検疫所のホームページに掲載されていますが、医療機関数は少なく、迅速な対応ができない可能性があるかもしれません。現在の狂犬病予防防疫体制には明確な課題が残されていると言わざるを得ません。各企業、団体あるいは個人が海外渡航するとき、特に危険な国(地域)である場合、渡航前に十分な余裕を持って狂犬病対策の入念な準備をしておく必要があります。
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