変異の本体

これらの実験から、鳥類のコロナウイルスであるIBウイルスは、様々な変異を頻繁に起こすウイルスであることが明らかになりました。さらに、変異が起きる要因として、筆者たちは、IBウイルス株は、均一な性質を持つウイルス集団から成り立っているのではなく、様々なバラエティーに富んだ性質を持つ、数多くのsubpopulation(小集団)から構成されているという結論に達しました。

IBウイルス株を構成する様々なsubpopulationのバランスに変化が生じた時に、このコロナウイルスに「変異」という現象が認められる、その変異も様々(抗原性、病原性、臓器嗜好性など)であるということです。

IBウイルスが増殖する環境あるいは宿主の状態が違えば、優勢に増殖するsubpopulationはその都度異なり、優勢に増殖したsubpopulationの性状がその時のウイルス性状としてとらえられるのではないかと考えています。

しかし、筆者たちは、鳥のコロナウイルスであるIBウイルスが、ほ乳類に感染できるコロナウイルスに変わり得るか否かという宿主域を変えることを目的とする生体を用いる実験を行うまでには至らなかったのは現在でも残念に思っています。

同一ウイルス株でも、感染する動物種が異なれば異なる病像を呈することは、鳥インフルエンザウイルスで実験的に私たちは確認しています。また、幼若なヒナにIBウイルスが感染した場合、持続感染が成立することも認めています(前回紹介)。

私たちが鳥類のコロナウイルスを用いた実験で得られた成績が、そのまま今回の新型コロナウイルス肺炎に反映することはないと考えています。しかし、共通する部分もあると考え、紹介した次第です。

養鶏場で興味深いIB発生ケースを私たちは見ています。鶏が示すIBウイルス感染態度は、鶏の飼育状況、特に鶏舎の衛生状態に大きく左右されるようです。

すなわち、飼育密度が高く、飼育環境が劣悪で、衛生状態の悪い汚れた鶏舎で飼育されている、大きなストレスのかかっている鶏にIB生ワクチンを接種した場合(IB生ワクチンウイルス株の鶏に対する病原性は、ほとんど認められなくなるまで高度に減毒されています)、ワクチン接種ヒナに重篤なIBの症状の発現する場合があります。

逆に、衛生状態の行き届いた理想的な環境で飼育されている、病原体に対する抵抗力の備わった鶏にIBワクチンを接種した場合、ワクチンウイルスの鶏への感染力が不十分で、抗体産生が微弱な状態で終始する場合もあります。

このような現象も、今回の新型コロナウイルス感染の場合に共通する部分があるように思われます。