以下、現在考えられる法律的課題。

法律的課題

1.獣医師法上の課題
獣医師でない者が動物の診療を業務として行うことは法律上禁止されている(獣医師法17条)。
ただ、消防士や自衛隊などの災害救助関係機関の隊員が災害現場で、動物の救命救急行為を行うことは、「診療を業務」として行うことには該当しないとすべきである。確かに獣医師法上は、報酬を得る目的でなくても反復継続して行う意思があれば業務に当たるとする解釈が有力ではある。

しかし災害救助関係機関の隊員が行う動物の救命救急行為は、災害現場という緊急時かつ獣医師が臨場することが、危険な状況下で突発的にやむにやまれず行われるものである。このような緊急時、突発的な事態かつ獣医師が行為できない場合に限定して獣医師に代わり救命救急行為を行うという意思は、獣医師法の想定の範囲外であり、反復継続して行う意思と言うべきではない。

※獣医師法
(飼育動物診療業務の制限)
第17条 獣医師でなければ、飼育動物(牛、馬、めん羊、山羊、豚、犬、猫、鶏、うずらその他獣医師が診療を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る。)の診療を業務としてはならない。
(罰則)
第27条 次の各号の一に該当する者は、2年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
第17条の規定に違反して獣医師でなくて飼育動物の診療を業務とした者

現時点では、飼育動物(牛・馬・豚・めん羊・山羊・犬・猫・鶏・うずら・その他獣医師が診察を行う必要があるものとして政令で定めるものに限る)以外の下記のエキゾチックペット(アニマル)は犬猫より早期に呼吸停止=心停止になるため蘇生率も低く、消防士が現場で早急な救命救急処置を合法的に行えると解釈されるという意見がある。

ウサギ〈ウサギ目ウサギ科〉
ハムスター〈げっ歯目ネズミ科〉
マウス〈げっ歯目ネズミ科〉
スナネズミ(ジャービル)〈げっ歯目ネズミ科〉
モルモット〈げっ歯目テンジクネズミ科〉
チンチラ〈げっ歯目チンチラ科〉
シマリス〈げっ歯目リス科〉
プレーリードッグ〈げっ歯目リス科〉
モモンガ〈げっ歯目リス科〉
ハリネズミ〈食虫目ハリネズミ科〉
フェレット〈食肉目イタチ科〉
スカンク〈食肉目イタチ科〉
アライグマ〈食肉目アライグマ科〉
フェネックギツネ〈食肉目イヌ科〉
ワラビー〈有袋目カンガルー科〉
ポッサム(フクロギツネ)〈有袋目クスクス科〉
サル〈リスザル:霊長目オマキザル科、マーモセット:霊長目キヌザル科〉

2.刑法上の課題
動物の飼い主の承諾を得ないで動物の診療を行った結果、動物が死亡した場合、器物損壊罪が成立する可能性がある(刑法261条)。

しかし、瀕死の状態にある家庭動物に対して飼い主の承諾がなくても緊急に措置しなければならないことがある。

その場合に不幸にも力を尽くしたにもかかわらず、当該家庭動物が死亡し、刑事罰を科されるおそれがあるといって、現場で瀕死の状態の家庭動物を消防士や自衛隊員が何の救命救急処置を行わず、命を見捨ててしまうのは、動物愛護の観点からいかがなものだろうか?

例えば医師でない者が医療行為をしても、医師法違反は別として、能力がある者が医学上治医療行為として相当と認められる方法に従った場合には、刑法上は違法とはならないとされている(正当行為。刑法35条)。

そして人間に対する場合は、例えば意識不明者に対する治療行為のように同意が得られなくても適法とされる場合がある(推定的同意)。

これらの考え方を類推し、獣医師ではない消防士や自衛隊員による動物への救命救急処置についても許されると考えるべきではないか。

また緊急避難(刑法37条)は警察官、消防士や自衛隊員には適用がないとされている(同条2項)。

しかし、同条項の解釈については確立した先例がなく争いがある。そして動物への救命救急処置に関しては緊急避難が成立する余地を認めるべきではないか。そもそも同条項の趣旨は、警察官、消防士や自衛隊員が緊急避難を理由にその義務に違反することを許さないという点にある。

たとえば警察官が犯人から襲われた際、第三者を突き飛ばして逃げる行為を緊急避難として免責しないということが想定されている。一方、本件のような獣医師ではない動物への救命救急処置は警察官、消防士や自衛隊員の義務に違反するものではなく、同条項が想定していない場面だからである。

※刑法
(器物損壊等)
第261条 前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

3.国家賠償法上の課題
動物の救急措置において事故があった場合、消防士は公務員であるため所属先の自治体などに対し飼い主から国家賠償訴訟を提起される可能性がある。

しかし前記2と同じく、不幸にも力を尽くしたにもかかわらず動物が死亡したからといって、国家賠償訴訟が提起されるおそれがある。

これも、十分な動物の救命救急法を習得し、訓練を行っていれば、重大な過失が起こる可能性は低いので、そのような習得、訓練体制の整備が望まれる。

※国家賠償法
(公権力の行使に当る公務員の加害行為に基く損害賠償責任・その公務員に対する求償権)
第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

4.消防法・消防組織法上の課題
動物への救急措置については明文規定はない。しかし、消防法・消防組織法上動物への救急措置を根拠づけ得る規定がいくつかあるため、これらの規定に含めて考えることができると思う。

(1)消防法
(消防対象物及びその所在土地の使用、処分又は使用制限及び火災現場にある者に対する消防作業従事命令)
第29条 消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。

(2)消防組織法
(消防の任務)
第1条 消防は、その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うことを任務とする。

※家庭動物は「財産」に該当する。

もちろん、消防側も家庭動物の救命救急の実現に向けて、下記の改善努力項目が有ると考えられる。
(1)家庭動物の救出・救助救命救急措置に関するスキルの向上
(2)災害発生前、定期的に動物への救急措置に関して訓練するシステムの構築
(3)災害発生時、現場において通信手段を用いて獣医師と連携するシステムの構築
(4)災害発生後、さらに治療の必要な動物を円滑に獣医師に引き渡すシステムの構築
(5)災害現場において適切な救急措置ができていることに関する証拠の確保(消防活動レコーダー映像など)システムの構築
(6)災害現場で現在行われている消防士による動物の救急措置の実態把握
(消防白書にはないが各消防本部のその他、ほ乳類の救助、アニマルレスキューなどの活動件数をもとにある程度は把握できる)


Dog Rescued By Firefighters In Carmichael(出典:YouTube)