アウトドアではインナーこそ重要。山登りにはコットンのインナーは着ないということを知ってますか?


山登りにはコットンの下着を着ないということを、どれだけの人がご存知でしょうか?山では常識中の常識ですが、防災講座では知らなかったと答える方がほとんどです。

もちろんアウトドアの世界でも最初から常識だった訳ではありません。年代ははっきりしないものの、すでに戦前の段階で、経験値として、冬山にはウールのほうがいいと知られていた形跡はあります。

八甲田雪中行軍遭難事件(1902年 明治35年)

雪中行軍時、将兵の装備は、特務曹長(准士官)以上が「毛糸の外套1着」「毛糸の軍帽」「ネル生地の冬軍服」「軍手1足」「長脚型軍靴」「長靴型雪沓」、下士卒が「毛糸の外套2着重ね着」「フェルト地の普通軍帽」「小倉生地の普通軍服」「軍手1足」「短脚型軍靴」と、冬山登山の防寒に対応しているとは言い難い装備であった。とくに下士官兵卒の防寒装備に至っては、毛糸の外套2枚を渡されただけである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/八甲田雪中行軍遭難事件 より引用


ウールがあたたかい事については意識されていたようですが、アウターの防水(現在では透湿防水)は全く考えられていなかったのですね。

ただ、なぜコットンだと体温が下がるのか。どんな下着だったらよいかが分析されるようになったのはもっと後になります。

1935年にデュポン社がナイロンを開発しました。1950年に人類がヒマラヤ山脈にある8000m級のアンナプルナを初登頂した際、フランス隊がこのナイロンの衣類を着ていたことが話題になりました。

そして、1960年にはいっての遭難事故あたりから、コットンの下着を着ている人が遭難死していることが注目されはじめ、1972年55人の登山者中24人が死亡・行方不明となった富士山大量遭難死事件の初期報道で、大半の人がコットンの下着だったので遭難したと報道されました。

もっとも、この遭難は、気象が主原因の遭難と分析されており、下着がウールの人でも亡くなくなっていました。そのため、現在では初期報道は正しくなかったと考えられていますが、誤報とはいえ、下着に警鐘を鳴らすことにはなり、ベテラン登山者たちは下着に気をつかうようになったと言われています。

<参考文献>
「新補版 山岳遭難の教訓」(岳書房/出海栄三著/1990年から引用)

「しかし、当時、新聞で誤報されたように「大半」のあるいは「ほとんど」の登山者が木綿の下着だったから、疲労凍死したと断定できる事実はない。表1(あんどうりす注 亡くなった方の装備が表になったもの)をご覧いただければ、そのことははっきり証明できるからである」
富士山大量遭難死事件 (1972(昭和47)年3月20日)

日本山岳史上、一般の登山者による最大の大量遭難が、それも日本のシンボル富士山で 起きた。


その日山陰沖で、午前3時頃から台風並みに急速に発達した低気圧が、 日本海を北東方向に進み、この低気圧に向かって強い南風が吹き込むという典型的な“春一 番”が全国的に吹き荒れた。特に富士山では19日夜半から横殴りの冷たい雨が降り、翌日 も前夜からの雨が降り止まず、午後になると風速31~35m/秒の猛烈な風雨となり、瞬間 風速50m/秒という突風が吹いたという。

そのため雨に対する装備がほとんど無 かった遭難者の濡れた身体の体感温度は、マイナス30~40度になったと推定され、体力を 急速に奪われた。

遭難した静岡頂山山岳会の9人は、ビバーク(野宿)していたが 防水の装備がなかったためびしょ濡れになり、朝方下山したが、激しい雨に打たれ7人が睡 眠不足と疲労で凍死した。

清水勤労者山岳会の11人は、風雨の合間を見て単独登山者とと もに下山したが、午後になり強い風雨のため7人が衰弱して死亡、5人が雪崩に襲われてば らばらになり1人がようやく御殿場署にたどり着いた。そのほか6人が行方不明となったが 雪崩による死亡と断定されている。当時55人が登山中でそのうち半数近い24人が死亡・行 方不明となった。

(防災情報新聞無料版より引用)
http://www.bosaijoho.jp/reading/item_6192.html


また、1989年 立山中高年登山者遭難事件では、10名中8名が死亡し、助かった2人が、革製登山靴に透湿防水素材の雨具、ウールの手袋に対し、亡くなった8人は、綿のズボンやビニール雨具だったため、登山の場合の衣類の重要性が再認識されることになりました。

<参考文献>
「ドキュメント 気象遭難」(ヤマケイ文庫/ 羽根田治著から引用)

「個人装備については、革製の登山靴を履いている者、布製の軽登山靴を履いている者、ニッカーズボンの者、綿のズボンの者、透湿性防水素材の雨具を持っている者、ビニールの雨具で間に合わせた者など、それぞれバラバラであった。その装備の差が、結果的に明暗を分ける一因にもなった。」


とはいえ一般の方はといえば、2003年に講演をはじめた当初は下着といえば「コットン」。それ以外ありえないという風潮でした。化学繊維は汗を吸わないと信じていた人も多かったです。

すでにアウトドア界では、ポリエステルであっても、汗を吸い取り、毛細管現象によって拡散させ、汗を外に排出できる吸乾拡散素材が一般的になっていたのですが、一般の方のコットン以外を着る風潮が広がったのは、ファストファッションの機能性インナーが発売されたあたりではないでしょうか?

■JCFA(日本化学繊維協会)ホームページ
「よくわかる化学せんい」吸乾拡散素材など、化学繊維の機能について
http://www.jcfa.gr.jp/fiber/topics/vol02.html