<米将軍>徳川吉宗と<紀州流の祖>井澤弥惣兵衛
大規模新田開発のツケ、大水害の頻発
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2019/03/04
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
近年、大水害が頻発している。異常気象による<想定外>の豪雨などが要因との指摘を聞く。だが無堤地のままの中小河川や管理者のいない農業用ため池、湿地・沼地の宅地用乱開発、森林・原野の管理放棄などが被害拡大の背景にあるのではないだろうか。ここで江戸中期の大規模新田開発の成果と大水害の多発の因果関係を考えてみたい。
江戸幕府<中興の祖>とされる8代将軍吉宗(1684~1751)の治世は、享保改革という一大改革期であった。江戸幕府3大改革の一つであるこの改革は、行き詰った財政事情の打開策を目指した。3大改革の中では成果を挙げたものとして評価は高い。(吉宗の享保改革の<光と影>については本連載でも取り上げている)。
<米将軍>吉宗は困窮した財政事情を打開するため全国規模での新田開発を奨励した。その厳命を受け先頭に立って大規模な新田開発・治水利水事業を指揮したのが勘定吟味役本役(今日の財務省・農林水産省兼務幹部に相当)となる井澤弥惣兵衛為永(いざわやそうべいためなが、1663~1738)であった。
地方巧者(じかたこうしゃ、農業土木技術者)弥惣兵衛の生涯は異例づくめと言えよう。士農工商の身分制度が確立された江戸中期にあって、紀州(現和歌山県)の山間地の一介の農民(豪農)から若くして紀州藩士(士分)に登用され治山治水・農業土木に功績を残し、さらには60歳(還暦)となって、今度は幕臣(将軍お目見え以上の役職)に取り立てられて江戸に出た。
一連の人事は吉宗が直々に行ったが、井澤のような農民から階級制度の厚い壁を乗り越え三段跳びのように出世栄達を果たした人物は江戸時代を通じて他に多くの例を見ないと思われる(江戸後期の農政家・二宮尊徳が思いつく)。もっとも吉宗自身も、紀州藩主にはなれないと自他ともに認めていた藩主の四男が、55万石の藩主になり、あげくに将軍にまで上り詰めたのである。吉宗は「強運」の男であった。
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